平成17年2月28日(月曜日)に、国立オリンピック記念青少年センターで行われた「青少年を取り巻く有害環境対策フォーラム」のパネルディスカッションにおいて、メディアリテラシーの概念の説明を行った。コーディネーターの藤原一成氏より、その説明をウェブページに掲載してほしい旨のご示唆をいただいたので、以下のように掲載した。

平成17年3月14日

お茶の水女子大学
坂元 章

メディアリテラシーの概念

メディアリテラシーという言葉や概念には、いろいろな経緯があって複雑な様相を呈している。私見では、以下の6つの要素のどれか、ないし、その組み合わせとして、メディアリテラシーの言葉や概念が捉えられており、その捉え方が個人によって異なっている状況にあると見ている。

(1)マスメディア・コンテンツの受信能力
(2)マスメディア機器の活用能力
(3)マスメディア・コンテンツの発信能力
(4)コンピュータ・インターネットの活用能力
(5)情報倫理や情報安全
(6)メディア接触の自己コントロール能力

1つ目の要素は、テレビや新聞などのマスメディアにおける情報は、誰かが作っているものであり、現実の一部が切り取られたり、変容されていることを認識していることである。マスメディアから伝えられている情報をそのまま鵜呑みにするのではなく、何が伝えられていないかについても考え、メッセージに対して批判的に考えられることが重要とされる。
2つ目は、ビデオ機器や映像の編集機器などを操作し、活用する技能である。
3つ目は、人を感動させる映像作品や、情報をうまく伝達するメディアメッセージなどを作成できる能力である。
4つ目は、コンピュータやインターネットの操作し、活用する能力である。
5つ目は、情報や情報技術を利用して犯罪や迷惑行為を行わないこと、また、悪意ある情報や情報技術の利用から被害を受けないことである。
6つ目は、メディアに対する接触の過多や、不適切な接触の仕方などを避けるように、自分自身でコントロールできる能力である。

人によって、メディアリテラシーの言葉や概念の中に、この6つうちどれを含めるかが異なっており、それがメディアリテラシーに関する混乱を生んでいるように見える。例えば、ある人は、(1)のみを想定し、また、別の人は(1)〜(3)を想定する。(4)だけを想定する人もいれば、(1)〜(5)を想定する人もいる。これらのそれぞれに加えて、(6)を加える人も加えない人もいる。
いずれの意味にしても、メディアリテラシーは必要なものである。これは、メディアの悪影響に対処するというだけでなく、今後の社会をうまく生きるために必要であると考えられる。

これまでは、文字中心の文化であったために、読み・かき・そろばんが基本的素養であったが、今後は映像や情報中心の文化になると見られ、それに対応した、映像や情報をうまく扱う能力が基本的素養となると考えられるからである。