2001年度 社会心理学演習(半期)

 本演習では、「日本では安楽死を合法化すべきである 是か非か?」
 という論題で競技ディベートを行いました。
 ※今回は、甲子園ディベートのルールに従いました。



論題:日本では安楽死を合法化すべきである 是か非か

参加者:梅谷、大西、河上、菅原、田中、藤田、森岡、吉田


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時間内訳:

立論:6分
尋問:3分
第1反駁:4分
第2反駁:4分


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Subject:肯定側立論


肯定側立論-------------


肯定側立論を始めます。

はじめに安楽死の定義を述べます。安楽死とははなはだしく耐えがたい苦痛・苦悩にさいなまれている時に知的・精神的判断能力のある患者自身が口頭および文書で自発的に医師に真摯で持続的な要請をし、医師が耐えがたい苦痛の期間を短縮するために患者を苦しめない方法で意図的に安らかな死を迎えさせる医療行為とします。       
次にプランを述べます。プランの要件は5つです。

@十分なコミュニケーションのもとで医師が患者に病状を的確に説明し、
  患者がそれを理解していること

A患者が耐えがたい肉体的・精神的苦痛に苦しんでいること

B患者にその死期が迫っていること

C患者の肉体的・精神的苦痛を除去・緩和するために全ての方法をつくし、他に代替手段が無いこと

D知的・精神的判断能力のある患者自身の明確で持続的な生命の短縮を承諾する意思表示がある  こと、です。

誤診による殺人を防ぐため、担当医師以外の医師および弁護士などの第三者によりこの5つの要件が満たされていると確認されたとき、安楽死を行うことを認めます。

では、プランを導入することによって生じるメリットを2点述べます。

メリットの1点目は自己決定権が尊重されるということです。

発生過程を説明します。

発生過程はきちんとした基準を確立することで、患者本人が自分の死を決定する環境が整うということです。まず現在では確立された基準がないために患者本人の意思の確認なしに安楽死が行われていることを確認しておきます。
証拠資料を引用します。出典は1998年6月発行の「生命のジャーナル・近藤誠氏の連載」からです。引用開始。『聖霊見方ヶ原病院ホスピス病棟では、セデーションを開始する前に家族に対してはそのまま目が覚めないかもしれないということを95%の人に説明しました。しかし患者本人に対しては7%しか説明していません。』引用終了。

また東海大学安楽死事件では、主治医は患者の意思ではなく家族の意思だけで生命短縮のための処置を行いました。このように個人の自己決定権をまったく無視して医師や家族の判断だけで積極的に患者の生命を短縮するような行為はあってはなりません。このように現状のままでは患者本人ですら安楽死を選ぶことができないわけですが、実際にはガン末期患者の多くが無意味な延命治療の停止を望んでいます。証拠資料を引用します。出典は厚生省「末期医療に関する国民の意識調査等検討会報告書」1993年8月です。引用開始。『痛みがはなはだしく、見るに忍びないほどであるときに、痛みをともなう末期状態における延命治療を中止し、積極的な方法で生命を短縮してほしいかという質問に対して、末期患者の7割がYESと答えているのです。』引用終了。
特に患者の死を前にした精神的苦痛は並たいていではありません。証拠資料を引用します。出典は「日本の論点'97星野誠一氏」からです。引用開始。『不治の病に冒されて、死ぬ日を待っているような患者の場合にこのように自分が惨めで、自分の人格の尊厳が侵され自尊心が保たれなくなっていくのを死ぬほどつらく思い始める。』引用終了。

このように患者は肉体的苦痛だけではなく精神的苦痛にも苦しんでいるのです。しかし現状では、死期が迫った患者に対しても多くの場合、告知すら行われていません。患者は自分の意思を医者や家族に伝えることもできないまま死んでいっているのです。プランを導入した場合、インフォームドコンセントが浸透するなかで、患者は自分自身の生と死について見つめなおすようにもなり、その結果、安楽死を含め、自分が望む治療というものを受けられるようになるのです。ではメリット1の重要性を述べます。このメリットの重要性は、患者自身がより良く死を迎えられるということです。人間は生きる権利があると同時に、死を選ぶ権利も持っており、選択の自由こそが人権尊厳の基礎であると考えます。その根拠として憲法第13条において『全ての国民は個人として尊重される。生命・自由および、幸福追求に対する国民の権利については公共の福祉に反しないかぎり、立法その他の国政の上で最大の尊重をする』とされています。つまり、死を望む患者に対し選択の幅を与え、自分で自分の人生を決められるようにするというこのメリットは大変重要だと考えます。       

次にメリットの2点目を述べます。
メリットの2点目は医療資源の適正配分化です。

発生過程を述べます。

プランを導入すると、回復の見込みがなく自らの死を願う患者が自発的に安楽死を選ぶようになります。安楽死を選ぶ人々はもう助かる見込みのない人々です。このような人々への医療は大変過酷なものです。
証拠資料を引用します。出典は日本医師会雑誌平成元年9月15日発行「ガン末期医療に関するケアのマニュアル」より引用開始。『特にガンの末期患者では病状も深刻かつ多様であって、その対応には施設医療では医師・看護婦等の、在宅医療では家族・医師・看護婦・保健婦等のたゆまぬ努力が不可欠である。』引用終了。
しかし、現在の医療現場では看護婦の不足やベッド数の不足によって、十分にスムーズな医療が行われているとは言えません。
これについても証拠資料を引用します。出典は「朝日新聞」'91年5月16日付です。引用開始。『一般的な背景として考えられるのは50人の患者に夜勤看護婦2人という数に象徴される医療現場の貧しさだ。重症の患者はつきそって痰を吸引するなどの措置を取らなければ命が危ないが、今の医療費ではそれだけの看護職員は確保できない。』引用終了。

このように、特に末期患者の看護婦はつきっきりとなるため一般患者よりも労働力がかかります。プランを導入することによって、自らの意思で安楽死を選ぶ人が出てきたならば、その人たちが受けている分の治療・労力・部屋の割り当てなどが、助かる見込みのある人たちにまわされ、今よりもスムーズな医療が行われます。よってより多くの患者の人命を救うことができるようになるのです。このようにして医療資源が適正に配分されるというメリットが成立します。次に、このメリットの重要性を述べます。安楽死を選ぶ人々はもう助かる見込みがなく、苦痛に耐え切れず死にたいと願う人々なのです。彼らは自ら死を選ぶことで、安らかで尊厳のある死を迎えることができ、なおかつそれが助かる見込みのある人が1人でも多く生きることにつながるのです。よってこのメリットは大変重要です。

これで肯定側立論を終わります。ありがとうございました。       





Subject:否定側尋問


否定側尋問 -------------

否)否定側質疑を始めさせていただきます。

否)まずプラン1から5の確認の仕方を教えてください。

肯)確認の仕方を全部言えばいいですか?

否)具体的にどのように確認しますか?

肯)十分なコミュニケーションがあって…

否)あ、いいです。

否)第三者とはだれのことですか?具体的に

肯)担当医師以外の医師および弁護士などです。

否)担当の医師以外の医師というのは同じ病院の中の医師のことですか?

肯)その場合もあるでしょうし、他の、例えば大学病院からきた医師かもしれません。

否)それは基準で決まっているのですか?

肯)場合によって異なると思います。

否)プラン3で死期が迫っている場合とありましたが、死期とは具体的にいつのことですか?

肯)専門医師が余命3ヶ月から6ヶ月と判断したとき。

否)メリット2について、医療資源の適正配分化は発生過程で述べた労働力とベッド数の増加以外に無いですか?

肯)ベッド数は増えるのではなく、その分が助かる見込みのある人たちに回ることです。

否)これ以外で医療資源の適正配分化の方法は他に何がありますか?

今の医療費で看護職員やベッド数は増やせないという現状があるので他に方法は無いと考えます。

否)1人の患者が安楽死を選んだとしたら、実際にどれだけの医療資源が他の人にまわせるようになりますか?

肯)その人の症状によって異なると思います。

否)余命6ヶ月の時点で耐えがたい苦痛は起こらないと思われますが、どうですか?

肯)わかりません。

否)プラン5の明確で持続的な意思表示・要請があった場合とありましたが、死期間近で昏睡状態に陥った場合には、それまでに意思表示があればよいということですか?

肯)それまでに持続的で明確な意思表示があればよいと思われます。




否定側立論 -------------

これから肯定側の立論をはじめます。

定義・プランは肯定側に従います。否定側の立場は現状を維持するものとします。

肯定側のプランを実行することによって生じるデメリットを1点述べます。デメリットは不必要な死の増加です。発生過程を述べます。

これから否定側の立論を始めます。定義、プランは肯定側に従います。否定側の立場は、現状を維持するものとします。肯定側のプランを実行することによって生じるデメリットを2点述べます。

発生過程を5つ述べます。

まず一つ目は、家族からの圧力による不本意な死の選択です。日本では、個人主義はまだまだ徹底しておらず、本人の意思決定の際には家族が大きな要因となると考えられます。患者は、家族の金銭的負担、精神的身体的負担を考慮し、本人の本来の意思に反して死を選んでしまうと考えられます。証拠資料としてデイリーサイトフラッシュのアンケート結果を挙げます。このアンケートでは、男性387名、女性397名を含む計801名を対象にしています。このアンケートで積極的な安楽死に賛成と答えた人は654名でしたが、そのうち77名の人が「看護は周囲に大きな負担となるから」という理由を第一に挙げています。このように、10%以上の人々が家族を主とするであろう周囲への配慮から安楽死に賛成しているのです。そのため、いま日本で実際に安楽死法が制定されたら、周囲への配慮から自己の本来の意思に反して安楽死が選択され、尊い命が奪われてしまう可能性があるのです。

発生過程の二つ目は誤診による殺人です。現在でも安楽死を行った場合、やむを得ない事情があったと判断されれば無罪となる可能性があります。つまり医者は被告となり裁判で違法性がなかったかを検討されることで安楽死を実施することは可能なのです。しかしプランが実行された場合、形式的に条件を満たしていれば医者に法的責任を問うことはできなくなります。つまり、裁判を通じて、世間がチェックすることができなくなるのです。このような状況下で安楽死を合法化した場合、誤診による殺人が起こることになります。なぜなら、医療はまだ発展の途上にあり、見解も一致していない状況にあるからです。証拠資料を挙げます。保阪正康著「人は痛みからどう解放されるか」によると1993年の資料によるなら、埼玉県立癌センターをはじめ国立系の癌センターなど、緩和ケアの先頭に位置する医療機関では、モルヒネを使用することで90%以上の患者の痛みは取り除けると言います。しかし実際に現場でモルヒネが使用される割合は癌センターの全国平均では60%強、次いで大学病院では45%に満たず、一般の病院では、さらにその数字が低いといいます。医師の間にもまだモルヒネを使うことの抵抗感に差があるという現実を示しています。このような現状を考えると、「ほかに代替手段がないこと」という条件は形式的にクリアされただけで、実は他の病院に行けばその患者は死ななくてもすんだかもしれないのです。第三の目のチェックがなくなり形式的なクリアによって法的責任を負うことがなくなれば、このように誤診による殺人が起こる可能性があるのです。

発生過程の3つめは本人の意思に信憑性が無いということです。患者と医師の間には医学的知識の差が存在します。いくらインフォームドコンセントが行われたところで、患者は医師にまさる知識を持つことはありえません。証拠資料を引用します。「イマーゴ」より引用開始。『両者の間には医学的知識に圧倒的な差が存在し、また否定の規制も働くため、患者は医者から説明された楽観的な面しか理解しようとしないことがしばしばあるのだ。』引用終了。このように、患者の医学的知識が無いために、医者の言っていることが理解できず、自分の病気に関する情報が無いままに死の選択をするかもしれないわけです。

発生過程の4つめは安楽死法の拡大解釈です。プランを導入すると積極的安楽死が法律にのっとって行われます。ところが、法律には拡大解釈が付き物です。一度合法化されると、どれほど厳格に規定された法律であっても、適応が徐々に拡大され、歯止めがきかなくなる危険性があります。現実に、オランダでは安楽死法の拡大解釈が起こっています。証拠資料を引用します。出典は「法学教室」1992年12月号47ページより引用開始。『オランダで安楽死に関してその医学的実践状況について政府の調査委員会が発足し、その報告書が1991年9月10日に発表された。(中略)年間安楽死死亡者数は25306件で、これは総死亡者数の19.4%にあたるのである。しかし、委員会は安楽死の名に値するような患者の要求によって積極的に生命を絶つ例はわずかに2300例にすぎないと言っている。』引用終了。このように拡大解釈が起こり、その結果、善から生じた行為がいつのまにか一人歩きをはじめ、当初の目的とは大きく異なるという悲劇が生じることになるのです。

発生過程の5つめは生命価値の低下です。私たちは、生命は等価値であるとの大前提に立っています。この前提に立つならば、例え治療の見込みのない患者が死を望もうとも、公として認める根拠にはなりえないということです。要するに、なぜ公が死んでもよい人と生命を保護すべき人を判別することができるのか、ということです。生命の等価値性の前提に立つならば、いかなる人間であろうと生命を保護すべき人なのです。安楽死の合法化はこの大前提の否定につながってしまいます。生命の等価性の否定は生命価値の低下につながります。つまり、生命というものが軽んじられ、結果として「死んでもよい」という考えが広まってしまう可能性が否定できないのです。

では、このデメリットの深刻性を述べます。生命は一回的なものであり、一度奪われた生命は二度と戻ることはありません。また、憲法によって私たちの生存権は保障されているのです。従ってこのデメリットは非常に深刻なのです。

以上で否定側の立論を終わります。ありがとうございました。


肯定側質疑 -------------

肯)それでは肯定側の質疑を始めさせていただきます。

肯)まず、デメリット1発生過程1点目の引用資料のデイリーサイトフラッシュというのは日本の雑誌ですか?

否)インターネットで調べたのですが、週刊誌でおそらく日本のものです。

肯)同じところで「周囲への配慮から死を選ぶのが10%」とおっしゃっていましたが、家族を考慮することは絶対的に本人の意思に反するとお考えですか?

否)絶対的に反するとは考えていませんが、(安楽死を選んだ人の中には)「本当は生きたいけれど」という意思が隠れているのではないかと考えています。

肯)本来の意思とは、「本当は生きたいけれど」という意思を含めたものと考えてよろしいですか?

肯)現状で安楽死の裁判が行われたとき、安楽死を選んだ本人は既に死んでいますよね?

否)はい。

肯)合法化しても疑わしい点があれば裁判はできると考えますが、その点に関しては…?

否)裁判はできると思いますが、法文書ができていたとしたら、裁判官も認めざるを得ないと考えています。

肯)オランダでの安楽死法の拡大解釈の具体例はどういったものがありますか?

否)わかりません。

肯)発生過程の5点目でいかなる人でも生は守られるべきとおっしゃいましたが、質が低下していても生かしておくべきだとお考えですか?

否)生命がある限り、質を高めながら生きていくべきであると考えます。

肯)生存権の憲法の条項は?

否)手元に資料がありません。


否定側第1反駁 -------------

それでは否定側の第一反駁を始めさせていただきます。

まず、否定側の質疑の際に「プランの確認に弁護士または医師が関わる」とおっしゃっていましたが、もし医師が確認する場合、その医師が同病院の医師であるかはわからないとおっしゃっていました。つまり、同病院の医師がプランの確認をすることがあり、その場合は、同じ病院であることによって、同じ医療方針になってしまうために、もしその病院でモルヒネを打たないと決めている場合は、もちろんモルヒネは打たないと考えます。その場合は「代替手段がない」というプラン4が成り立たないことになってしまいます。また、誤診が発見されても、病院の面子のために潰してしまうかもしれないという可能性があります。

次に、死期が迫っているというのは、「専門医が余命3〜6ヶ月であると判断した場合」とおっしゃっていましたが、余命6ヶ月の場合に肉体的・精神的苦痛が耐えがたいものであるかということは、疑わしいと思います。また、死期が迫っているかどうかも、実際に余命数日であると言われた患者が1ヵ月後には自分で歩行したという例もありますので、誤診が起こるという可能性は否定できないと考えられます。
次にメリット1の自己決定権についてですが、自己決定というのは、もちろん自分が意思を表明するのですが、その意思というのは100%本人の意思を反映しているかどうかというものは疑わしいと思います。これはデメリット発生過程1の家族からの圧力というものが今の日本の社会ではかなり強いと考えられるからです。自己決定権を尊重するということで、逆に表面的に本人の意思であるときちんと確認されてしまうということが、家族からの圧力によって本人が死にたくないのに死を選んでしまうという可能性につながると考えられます。

次に、メリット2の医療資源の適正配分化ということですが、(肯定側は)立論の中で、現在の医療費ではベッドや看護婦は不十分であるとおっしゃっていました。否定側は、医療費が不十分なのであればそれを増やしてホスピスなどで医療を充実させることを考えます。安楽死を合法化し、実施するにはもちろん費用がかかります。その分の費用を医療費にまわせば、ベッドや看護婦などを増やすことは可能であると考えます。メリット2の適正配分化というのは完全に医療側の事情から発生する考え方であり、死にたくないのに死を選んでしまうかもしれないという患者側の立場を考慮していないと思います。

戻りますが…

「時間です」

ありがとうございました。


肯定側第1反駁 -------------

それでは肯定側第一反駁をはじめます。

まず、否定側の、肯定側のメリット1「自己決定権尊重」への反駁への反駁は、否定側のデメリット発生過程1「家族からの圧力」とまとめて反駁したいと思います。まずこの資料は、健康な人への資料だと思われます。なので、闘病している中で、家族からの圧力が本当に存在するかの根拠にはなりうるとは言いきれません。しかも、その家族からの圧力があるとしても、否定側も質疑でおっしゃったように患者は葛藤の末にこの結果を出したのです。この葛藤の末ということは患者がいろいろなことを考慮した末に導いた結果であるので、それは患者の本来の意思と言えると思います。

では次に発生過程3の信憑性についての反駁をします。意思決定というのは持続的でくりかえし行われる要請によって行われます。この持続的であるということはその場かぎりの思いつきだとは言えません。なので、これはかなり信憑性があると思われます。しかも自己決定権が保証された末の意思決定の権利なので多少の自分の損は責任を持つべきだと考えます。また、医者と患者に医療的知識の差があるとおっしゃられましたが、医師の説明に納得した患者というのは79%いるという資料があります。これは圧倒的な差があるとは言いきれないと思います。

次に発生過程4の拡大解釈について反駁します。オランダはもともと法制前から安楽死が多いという背景があります。それによって、要件に満たされない、安楽死ではないということが81%も起こったと考えられます。日本はもともと安楽死というのは多くはありません。なので、オランダと同じような結果になるとは考えられません。しかも拡大解釈が起こらないように、プランの要件はとても厳しくしてあります。

次に肯定側メリット2医療資源適正配分の反駁について反駁したいと思います。否定側は、医療費を増やしてホスピスなどを増やせばいいといいましたが、医療費は現状ではそんなに簡単には増えません。では否定側は医療費をどのようにしてどこから捻出しようと思っていらっしゃるのでしょうか?しかも合法化するための費用とおっしゃられましたが、合法化する費用の具体的なものは述べられていません。それによってホスピスを増やせるほど、合法化するために費用がかかるとは考えられません。また、医療資源の適正配分というのは安楽死が合法化された結果として行われるもので、この適正配分があるから患者が安楽死を選ぶという理由にはなりません。なので、それによって患者の死が増えるとか安楽死を選ぶ人が増えるという人はいないと考えます。また、この反駁で、医療側の事情のみを考えて患者側の立場の考慮がなっていないとありましたが、そもそも、もう一度考えてみてください。この安楽死の合法化というのは、どうしても死にたい、耐えがたい苦痛で、人間としての尊厳もなかった人のことを考慮してつくられたものなので、医療側の事情のみと言ったことは一面的なことしか見ていないと思います。この安楽死合法化というのは、そもそも患者のことを考慮したものです。


否定側第2反駁 -------------

これから否定側の第2反駁をはじめさせていただきます。

まず、メリット2の肯定側第一反駁に関してですが、肯定側に誤解があるようです。肯定側がおっしゃっていたように、否定側も医療資源の適正配分を理由に患者が安楽死を選ぶということは無いと考えています。医療資源の適正化は、安楽死を選ぶ理由となるのではなく、拡大解釈による安楽死を増長させることになると考えられます。

否定側第1反駁で医療現場の事情と言っているのは、例えば安楽死が合法化され、一般化したとしたら、医療資源の配分を重視するあまりに、安易に安楽死を行うということが起こりうると思います。またこれは安楽死が合法化された後に起こるメリットではあるかもしれませんが、安楽死を合法化するためのメリットではないと考えます。

肯定側の第一反駁で、人としての尊厳が無い人を考慮して安楽死があるとおっしゃっていましたが、人間の「尊厳」の無い人などいないと思われますし、形はどうであれ、医療は人間の尊厳を保つために行っていると思われます。

また、否定側デメリット発生過程3「意思の信憑性」に関しての反駁への反駁ですが、医師の説明に納得した患者は70数%いるとおっしゃっておられましたが、それは、5人に1の割合で医師の説明に納得できない人がいるということですし、その人は納得しないままに選択を行わなくてはなりません。また、納得した残りの人も、その医師の説明に納得し、本来あるはずの担当医師の治療方針外の代替手段に気づかないと言うこともありえます。

また、誤診の発生が100%ありえないというような段階になるまで、一度失ってしまったら戻らない「生命」を消してしまうような法律はつくるべきではないと思われます。たとえ裁判を行ったとしても、失ってしまった生命は戻らないのですから。

先ほど、否定側のデメリット発生過程1で挙げた資料に対して、健康な人への資料であるとか、デメリット発生過程3に対しての結局は「自己決定」なのだから責任を持つべきだ、とかおっしゃっていましたが、否定側では、いかなる葛藤があったとしても、「生きていたい」という意思があるのに安楽死を望むような自己決定は、本来の意思ではないと考えています。よってデメリット発生過程1の家族からの圧力などによる不必要な殺人が起こってしまうことになります。


肯定側第2反駁 -------------

それでは肯定側第2反駁をはじめます。

まず、否定側のデメリット発生過程1から反駁をはじめたいと思います。発生過程1で証拠資料として引用されたデイリーサイトフラッシュはどのような資料か不明であります。もしこれが外国のものであった場合、日本的思想とマッチするとは言えません。また、もしこれが日本の雑誌であったとしても、家族に対する考慮も患者本人の意思であると肯定側は考えます。現状では家族からの圧力によって精神的に苦しんでいる患者がたくさんいるのです。ですからその精神的苦痛から解放されるために、安楽死を選ぶことも本人の意思であると考えます。これが本来の意思で無いとなぜ言えるのか、そっちの方が不思議です。

次に、法制化されると法廷でチェックできないという意見が発生過程の2でありましたが、これは、形式的に満たされた場合でも、もしそこに疑惑があれば裁判はできると考えています。
次に発生過程3ですが、先ほど5人に1人は納得できていないとおっしゃられましたが、肯定側が証拠資料として引用したのは、合法化していない時点で79%納得できているというものです。これが合法化されることによってインフォームドコンセントの内容はさらに充実すると考えられ、それによって、納得の度合いはさらに上がるものと考えています。

次に発生過程の5番目ですが、いかなる人でも生は守られるべき、とおっしゃいましたが、たとえ生命の質が低下していても生かそうとするのは不自然であると考えます。これで、生命価値を高めながら生かすと反駁の際におっしゃっておりましたが、そもそも死にたい人には価値を向上させようとする意思は無いのであるし、本人以外の、外からの手段も否定側は具体的に述べておりません。そもそも、否定側は深刻性のところで生存権が否定されるとおっしゃいましたが、生存権とは憲法25条で「全ての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」というものです。そもそも安楽死を選ぶ人には健康で文化的な生活を営んでいると言えるのでしょうか?否定側は生存権の内容を把握していないまま、この主張を述べようとしています。

次に2番目の擁護をします。先ほど、合法化するための理由にならないとおっしゃられましたが、合法化することによってこのようなメリットが発生するのであります。よって、合法化することにメリットがあるのであればこれは十分理由になると思います。またこの目的のために安易に安楽死が増加してしまうとおっしゃいましたが、その根拠はありません。

次に、もう一度デメリットの発生過程に戻りますが、デメリットの発生過程4で拡大解釈が起こるとおっしゃっておりましたが、これは先ほど第一反駁でも述べたように、オランダでは法制化前から安楽死があります。よって安楽死に対する抵抗が日本ほど無いと考えられ、よってオランダで安楽死を合法化したことによって拡大解釈が起こったからといって、これをそのまま日本に適用できるとは考えていません。

次に肯定側のプランの3に対して反駁では、否定側では6ヶ月では苦痛は無いとおっしゃっていましたが、そもそも苦痛が無いのであれば、プランの要件は満たされず、よって安楽死は発生しません。よって、このアタックはおかしかったと考えています。