近年の社会的認知の研究では、当該の現象がどういった認知プロセスによって生じるかということが注目されている。こうした認知プロセスの1つとして、潜在記憶が取り上げられてきており、閾下単純接触効果などがこれにより説明されている。しかし、こうした効果が潜在記憶を媒介して生じているかどうかは、実証的には示されていない。
1. 潜在記憶とは?
顕在記憶とは、意識的な想起を必要とする記憶のことで、通常、再生や再認によって測定される。一方、潜在記憶とは、意識的な想起を必要としない記憶である(Schacter, 1987)。もともと、記憶に障害がある健忘症患者においても損傷されないタイプの記憶として注目されたものである。通常は、単語完成課題や知覚的同定課題などにより測定される。
単語完成課題とは、「たいじ___」といった一部の文字が欠けている単語を呈示し、最初に思いついた単語(e.g., たいじんけん)を穴埋めするという課題である。知覚的同定課題とは、非常に短い時間画面に呈示された刺激の名前を答えるという課題である。いずれの課題も、学習刺激の方が、新刺激(はじめて接触する刺激)よりもよく、単語完成または同定される。こうした潜在記憶は、以前行った何らかの処理の処理効率や処理速度が促進されている状態と考えられている。
なお、潜在記憶課題は学習時の処理水準の差に影響されず、深い処理でも、浅い処理でも、同程度の遂行が得られることが示されている(Sakamoto, 1997)。
2. 潜在記憶によって生じると仮定されている現象
a. 単純接触効果と知覚的流暢性の誤帰属説
単純接触効果(mere exposure effect)とは、ある刺激を反復呈示されると、その刺激を覚えていないにもかかわらず好きになるという効果のことである(Zajonc, 1968)。閾下呈示の場合、これを閾下単純接触効果という(Kunst-Wilson & Zajonc, 1981)。この効果は、閾下呈示された方が、高い効果が得られることが示されている(Bornstein, 1989)。
この単純接触効果が生じるプロセスの説明として、Jacoby and Kelly(1987)は知覚的流暢性の誤帰属(misattribution of perceptual fluency)説を提唱している。仮説は次のようなものである。ある刺激に反復接触すると、その刺激の処理効率・速度が上がる(i.e., 知覚的に流暢になる)。そして、この知覚的流暢性は、その刺激に対する知覚者の主観的経験(e.g., ファミリアリティ)に影響を与える。次に、この主観的経験の原因は、その刺激に以前接触していると気づいた場合にはその呈示経験に帰属されるが、気づかない場合には刺激の客観的性質(e.g., その刺激の好ましさ)に誤帰属される。これにより、呈示刺激のことを覚えていないにもかかわらず、好ましいと判断するという効果が得られると考えられるのである。
b. 有名性効果
ある名前に接触していると、その名前が他の名前よりも有名だと感じてしまう効果のことである(Jacoby, Kelly, Brown, & Jesechko, 1989)。この効果は、その名前を再認できない場合(e.g., 刺激呈示と判断課題との時間的なラグがある場合)により効果が強いことが確認されている。
C. Schwarz, Bless, Strack, Klumpp, Rittenauer-Schatka, & Simons(1991)の実験
彼らの実験では、被験者に、独断的状況を6例または12例思い出させた後、被験者自身の独断性について判断させた。その結果、12例の独断的行動を思い出した後の方が自分をより独断的でないと評定した。
この結果は次のように解釈されている。6例の想起は、12例の想起より流暢に行われるため、想起の容易さが経験される。このため、独断性の判断をもとめられると、その容易さ経験を独断性に誤帰属してしまうのである。
3. 現象が生じるプロセスの実証研究
先述の現象が生じるプロセスとして、「知覚的流暢性の誤帰属説」が妥当かどうかを示すには、次に挙げる3つの方法が考えられる。
第1に、知覚的流暢性の測定である。すなわち、反復呈示によってその刺激の処理効率・速度が高まっているかを調べることである。
第2に、知覚的流暢性の操作である。操作によって知覚的流暢性を弱めた(あるいは、失わせた)あと、好意度や有名性判断を行い、呈示刺激の方が好意的または有名に判断されるという効果が弱まれば(または、消失すれば)、この知覚的流暢性の誤帰属説が妥当であると考えられる。
最後に、誤帰属の操作である。呈示原因に気づかない条件に対し、正しい帰属ができる情報を与えることで効果が消失すれば、誤帰属説が妥当であると考えられる。
3-a) 知覚的流暢性を測定する
知覚的流暢性の測定方法としては、単語完成課題や知覚的同定課題などの潜在記憶課題の正答率が考えられるだろう。
この実証研究には、坂元・小川・坂元(1997)のものがある。この研究では、日本人の名前を閾下または閾上で呈示し、その後、知覚的同定課題を行った。その結果、閾下でも、閾上と同様に、以前呈示された刺激の方が呈示されてない刺激よりも処理効率が高いことが確認された。但し、刺激として描画を用いたSakamoto(1996)では、閾下で流暢になるという結果は得られておらず、明確な結論を出すことはできない。
3-b) 知覚的流暢性を操作する
潜在記憶は、顕在記憶と異なり、刺激呈示時と記憶課題遂行時との刺激の知覚モダリティや形態などが不一致の場合、遂行成績が下がることが一般に示されている(transfer-appropriate-processing: Roediger, 1990)。つまり、刺激呈示時と記憶課題時の知覚モダリティが異なる場合(坂元・小川・坂元, 1997)や、刺激呈示時と記憶課題時の刺激の表記形態が異なる場合には、呈示刺激の処理効率・速度(すなわち、流暢性)は高まらないと考えられる。もし、こうした不一致により流暢性が低い条件では、一致により流暢性が高い条件よりも、呈示刺激を好ましく(あるいは、有名だと)判断しにくいなら、知覚的流暢性の誤帰属説が妥当と考えられるだろう。
坂元ら(1997)は、閾下(または、閾上)で、日本人の名前を視覚呈示(または、聴覚呈示)し、その後、視覚的に(または、聴覚的に)呈示された名前に対する好意度判断をもとめた。その結果、閾下条件の女性被験者において、呈示時と課題時のモダリティが一致している場合には、呈示刺激への好意が高まるが、一致していない場合には呈示刺激への好意度が高くならないことが示された(但し、男性名に対してのみ)。こうした結果は、知覚的流暢性の誤帰属説を限定された条件でではあるが支持するものということができるだろう。
3-c) 誤帰属を操作する
反復呈示刺激の好意度判断(あるいは、有名性判断)を行う前に、今から答えてもらう刺激は先程の課題で既に呈示されていると伝えた場合、その刺激に対する好意や有名判断の原因を事前の反復呈示に正確に帰属することができるため、単純接触効果や有名性効果が見られなくなると考えられる。
Bornstein and D’Agostino(1994)は、被験者に、閾下または閾上で、刺激(i.e., 顔写真)を反復呈示し、好意度判断を行わせた。判断の前に、呈示帰属群の被験者には、「今から好意度判断をしてもらう刺激は全て以前呈示した刺激です」と教示し、統制群の被験者には何も教示を行わなかった。その結果、呈示帰属群では、統制群の被験者と比べて、反復呈示刺激に対しあまり好意的ではない判断を行った。
しかし、知覚的流暢性の誤帰属説で予測される結果のパターンは、通常観察される「非呈示刺激より呈示刺激の方を好ましく感じるようになる」という効果が、呈示帰属群においては2刺激間に差がなくなるという交互作用効果である。主効果のみの結果を示した彼らの研究では、呈示帰属群に「全て」以前呈示した刺激であると教示したため、本来は影響を受けないはずの非呈示刺激までも非好意的な判断がされることになったと考えられる。
結論
単純接触効果や有名性効果などが、知覚的流暢性の誤帰属によって生じるという仮説が妥当であるかの実証的研究は、まだほとんどみられていない。本稿でとりあげた実証的研究のいくつかは彼らの仮説を支持しているが、支持しない結果もまた存在する。今後、様々な条件、刺激を用いた検討が望まれるだろう。
引用文献
Bornstein, R. F. 1989 Exposure and affect: Overview and meta-analysis of research, 1968-1987. Psychological Bulletin, 106, 265-289.
Bornstein, R. F., & D’Agostino, P. R. The attribution and discounting of perceptual fluency: Preliminary tests of a perceptual fluency/attributional model of the mere exposure effect. Social Cognition, 12, 103-128.
Jacoby, L. L., Kelly, C. M., Brown, J., & Jasechko, J. 1989 Becoming famous overnight: Limits on the ability to avoid unconscious influences of the past. Journal of Personality and Social Psychology, 56, 326-338.
Jacoby, L. L., & Kelly, C. M. 1987 Unconscious influences of memory for a prior event. Personality and Social Psychology Bulletin, 13, 314-336.
Kunst-Wilson, W. R., & Zajonc, R. B. 1980 Affective discrimination of stimuli that cannot be recognized. Science, 207, 557-558.
Roediger, H. L. 1990 Implicit memory: Retention without remembering. American Psychologist, 45, 1043-1056.
Sakamoto, K. 1996/8 Subliminal and supraliminal mere exposure effects and perceptual fluency. Paper presented at the 104th annual convention of American Psychological Association, Toronto.
Sakamoto, K. 1997/5 Explicit and implicit memory biases for negative information in depression and anxiety. Paper presented at the 9th annual convention of the American Psychological Society, Washington, DC.
坂元桂・小川寿江・坂元章 1997 知覚モダリティの差違が潜在記憶に及ぼす効果(1)−単純接触効果および有名性効果−日本社会心理学会第38回大会(立教大学)
Schacter, D. 1987 Implicit memory: History and current status. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 13, 501-518.
Schwarz, N., Bless, H., Strack, F., Klumpp, G., Rittenauer-Schatka, H., & Simons, A. 1991 Ease of retrieval as information: Another look at the availability heuristic. Journal of Personality and Social Psychology, 61, 195-202.
Zajonc, R. B. 1968 Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology Monograph, 9, 1-27.