木村文香 1999 NEW 教育とコンピュータ, 15(1),
96-97.
1.インターネットセラピー今、昔
インターネットセラピーとはインターネットを用いて行う心理療法のことであり、心理療法というのは、心に問題を抱えた人(=クライエント)への聞き手(=セラピスト)による様々な形でのサポートのことである。まず、インターネットセラピーについて解説する前に、簡単にコンピュータによる心理療法について述べておきたい。
1976年、ELIZAというコンピュータプログラムが生まれたが、これが心理療法に用いることが可能な一番初めのプログラムと見なせるものであった。ELIZAは、クライエントに対して共感的に応答し、その受け答えは、まるでロジャース派のセラピストのようである(1,2)。ELIZAとのやりとりの一例を示してみると、以下のようなものである。
−前略−
クライエント;私のボーイフレンドは私をここに来させたわ。
ELIZA;あなたのボーイフレンドは、あなたをここに来させたんですね。クライエント;彼は、私がよく落ち込んでいる、って言うの。
ELIZA;落ち込んでいらっしゃるとは、お気の毒ですね。クライエント;私が不幸だっていうのは、本当なんです。
ELIZA;あなたは、ここに来ることが、不幸じゃなくなることの助けになると思います?
−以下省略−
以上のように、リアルタイムで受け答えを行うことのできるELIZAは画期的なものであった。
コンピュータを用いた心理療法はELIZAに始まり、20年ほどの歴史をもってはいるが、人間のセラピストが不在の心理療法は新奇なものに感じられるかもしれない。しかし、もともと自助用のビデオや本があったのだから、さほど突飛な発想ではない。本やビデオに近いオフラインのコンピュータから、より現実場面に近い、オンラインのインターネットへと場を移してきているというのが、コンピュータを用いた心理療法の現在の実態である。インターネットを心理療法で用いた場合の特徴の一つに、ウェブサイトの使用がある。心理療法関連のウェブサイトで目立つのは、ニュースグループの形で活動する自助グループである。一般的な心理療法でも自助グループは伝統的な形態の一つであり、今後はインターネットが新たな拠点となる可能性もあろう。自助グループとしてのニュースグループであれば、専門家は不可欠となってくる。現在は専門家の関わるニュースグループ上の自助グループは少なく、主なものは3つである(1)。
以上のようなインターネットセラピー、カウンセリングに関するウェブサイト全般について、サンプソンら(1997)が分析を行っている(3)。“counseling”で検索すると4000弱のサイトがあり、その管理者は、個人、営利団体、非営利団体(主に教会)、教育機関である。さらに、内容で分類すると3つに分かれる。(a)電子メールや電子会議室経由で直接的なサービスを行うもの、(b)セラピーに関するサービス、製品、出版物の広告が掲載されたもの、(c)メンタルヘルス、教育に関する一般向けの情報を無料で提供しているものである。電子メールや電子会議室を用いるものは殆どが有料のサービスである。例えば、電子メールでの回答を行っているものは1件つき$15から、電子会議室は60分で$65程度となっている。費用に関しては、従来の心理療法よりも、安価なものから設定されている。このような、電子メールを用いての、クライエントへのセラピストの回答というのは、自助ビデオや本よりも、むしろテレビやラジオの人生相談に近いと考えてよかろう(4)。また、サンプソンらは、30日後に再度検索を行い、上記よりもサイトが増えたといっている。この手のサイトは日々増えているというのが実態であるようだ。
心の大きな問題に関するインターネットセラピー以外にも、インターネットを用いたカウンセリングの利用法もある。例えば、ダイエットや禁煙、禁酒に関するサイトの利用である。ダイエットに関するサイトでは、食事療法、カロリー計算、体重管理、情報提供から精神面のケアまで行っている(3)。ニューヨーク大学医療センターでは、禁酒や禁煙に関するネットワーク上でのグループを主催している(5)。これ以外で、コンピュータによるカウンセリングが最も発展している分野は、職業アドバイス・カウンセリングである。個人の特性やスキル等を総合的に評価して、適切な職業選択に関するアドバイスを与える。このような職業カウンセリングのサイトは、高校生、大学生向けのみならず、成人向けのものも多くある(6)。
2.インターネットセラピーの問題点
前述したように、インターネットセラピー関連のサイトは益々増えている。しかし、その数の多さは便利さとともに危険性ももたらす。自助グループでさえ、専門家が関わっているものは少ない。きちんとしたものかどうか、利用の際には十分注意してサイトを選択する必要があるだろう。
また、インターネットセラピーは、サイトそのものの危険性以外にも欠点を抱えている。ビニックら(1997)は、セラピストが見えないことによる、クライエントの無責任化を懸念している。クライエントには、インターネットで結ばれたセラピストが直接は見えないため、治療状況に対して無責任になり、無気力な態度で接したり、約束を破って一方的に中断したりしてしまう可能性が高まる。同じような状況は従来の心理療法でも多くあるが、インターネットセラピーでは、クライエントが罪悪感さえ感じずに、無責任な行動をとり易いという点が異なっている。但し、この問題に関しては研究が行われておらず、実際はどうなっているのか定かではない。インターネットでまで心理療法を受けようというのは、実際には意欲のあるクライエントが多い。そのため、セラピスト−クライエント間できちんとした信頼関係を築くことがさほど困難ではない(1)という実状から考えると、この欠点はカバーできる可能性が高そうだ。
3.なぜ、ぞれでもインターネットセラピー?
クライエント−セラピスト関係という、心理療法においては核になる部分で生じ得る問題点を述べたが、インターネットセラピーには多くの可能性が秘められている。実は、インターネットやコンピュータを用いた心理療法と、従来通りの心理療法の違いに関しては、全般的に実証的な研究が少なく、あまり明確にされていない。しかし、一般的にCMC(computer-mediated-communication;コンピュータを介して行われるコミュニケーション。8月号の本欄を参照)では、社会的手がかりの少なさがメリットの一つとなっている。社会的手がかりが少ない、つまり匿名性が高いという特徴は、インターネットセラピーでも重要になる。インターネットセラピーは人間が不在で、コンピュータが相手である。したがって匿名性が高まり、必要以上に自己防衛的に振る舞う心配が減る。ありのままの自分を出しやすいのだ。また、地理的な規制から解放されるため、セラピストが遠くにいる場合や、体が不自由である場合も利用することができる。ピングリーらの研究グループは、HIV感染者がインターネットセラピーを用いた例を報告している(7)。また、地理的な規制にとらわれないため、緊急の場合の直接的な対応がスムーズにいく可能性が高い。
4.今後の課題
繰り返しになるが、インターネットやコンピュータを用いた心理療法と、従来通りの心理療法の違いは実証的に明確化されていない。明確化に向けた今後の研究が期待される。インターネットセラピーでは、従来どのような心理療法の技法においても重視されてきた、仕草や服装といったノンバーバルな情報が全くない。この点に関しても早期の研究が望まれる(1)。
インターネットの心理療法への導入ということで述べてきたが、ラシュコフは、社会形成を楽しむMUD(Multiuser
Dungeon / Multiuser
Dimension;7月号の本欄を参照)というオンラインのネットワークゲームを心理療法に活かすということを考察している(8)。
MUDは、インターネット中毒者が電子メールやWWWよりもよく使う、という研究がある(前月号の本欄を参照)。MUDは中毒を引き起こす可能性があるアプリケーションとする見方もある。しかし、ラシュコフはMUDを一種のロールプレイと捉えている。ロールプレイは、日常とは異なる人格を演じ、共感していく過程を経て問題を解決していくという心理療法の技法の一つである。臨床場面では現在もよく用いられ、効果も得られている。人間関係について、実際の人間を相手にロールプレイすることのできるMUD上では人との交流が活発になり、社会的なものであるため、時間をきちんと設定した上で心理療法に用いれば、必ずよい効果が得られるとのことだ。摂食障害や広場恐怖、鬱状態のクライエントは、自室から出ることを好まないため、外に行かずともよいネット上のグループが活発に運用されている。したがって、ラシュコフは彼等にこそMUDは非常に有効だと述べている。専門家は家の外に出たくないクライエントに対して、そのようなグループによる効用があることを認めているにも関わらず、MUDを同じように使おうとはしない。一つの利用可能性として、これも今後の研究に期待したいところである。
引用文献
(1) Binik, Y. M., Cantor, J., Ochs, E., &
Meana, M. 1997 From the couch to the keyboard: Psychotherapy in cyberspace. In
S. Kiesler (Ed.), Culture of the internet. New Jersey: Lawrence Erlbaum
Associates. 71-99.
(2)
ロジャース派;クライエントを無条件に肯定し、クライエント自身の中にある治癒力を信じて、それがうまく働くように援助する技法。1950年代の日本のカウンセリングの展開に大きな影響を与えた。東山 紘久 1992 心理療法の意味・目的・課題 氏原 寛他(編) 心理臨床大事典 培風館 170-174
(3)
Sampson, J. P. Jr., Kolodinsky, R. W., & Greeno, B. P. 1997 Counseling on
the information highway: Future possibilities and potential problems. Journal of
Counseling & Development, 75, 203-212.
(4) Hannon, K. 1996 Upset?; Try
cybertherapy. U.S. News & World Report, 81, 83.
(5) Galanter, M., Keller,
D. S., & Dermatis, H. 1997 Using the internet for clinical training: A
course on network therapy for substance abuse. Psychiatric Services, 48,
999-1008.
(6) Carson, A. D., & Cartwrite, G. F. 1997 Fifth generation
computer-assisted career guidance systems. Career Planning and Adult Development
Journal, 13, 19-40.
(7) Pingree, S., Hawkins, R. P., Gustafson, D. H.,
Boberg, E., Bricker, E., Wise, M., Berhe, H., & Hsu, E. 1996 Will the
disadvantaged ride the information highway? Hopeful answers from a
computer-based health crisis system. Journal of Broadcasting & Electronic
Media, 40, 331-353.
(8)Rushkoff, D., The Psychology of the Internet.
(http://nytsyn.com./live/Latest/169_061897_164206_24072.html )
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