鈴木佳苗 1998 NEW 教育とコンピュータ, 14(9), 96-97.
1.インターネットと情報倫理
近年、教育現場へのインターネット普及が急速に進み、子供たちがインターネットを利用する機会が増えている。アメリカでは、オンラインサービスを利用している子供(2歳から17歳)の数が、1996年に、約400万人にのぼっているという報告がある[1]。
インターネットは、様々な教育目的に利用され、例えば、授業だけでなく、ホームページ作成、電子メールの交換、情報収集、他校や海外との交流など幅広く利用されている。従来の研究[2][3][4]や、文部省・通産省が協力して実施している100校プロジェクトの実践報告[5]では、インターネット利用が、子供の情報探索能力、自己表現能力、コミュニケーション能力などを伸ばしたり(NEW6月号)や、社会性を伸ばす可能性がある(NEW7月号)ことが示唆されている。
一方で、インターネット利用による問題が報告されてきた。Jackson[6]は、コンピュータ作業をしていたある女子学生が、隣でわいせつ画像を見ていた男子学生にやめるよう求めたが、男子学生が断り、言い争いになった例、ある学生に5分以内に1万通ものメッセージを送ったいやがらせの例などを挙げている。こうした問題の発端は、生徒の持つ情報倫理観にあるのではないかと考えられる。インターネット利用の問題に焦点を当てることは、我々が情報倫理の問題について考える機会を提供してくれると言えよう。
2.インターネット利用による問題
上述の具体例にも示されているが、これまでに報告されてきたインターネット利用によるトラブルには、情報受信の問題、情報発信の問題がある。
(1)情報受信の問題
生徒がインターネット上の様々な情報に自由にアクセスできる状況では、有害情報を閲覧するという問題がしばしば生じている。有害情報とは、具体的には、兵器製造、中傷、誤解や偏見を与える情報、不正確・未確認情報、暴力、ポルノ、ホラーなどのことを指す。
アメリカでも、年少者の有害情報への接触は、かなり深刻な問題になっている。1995年2月に、ピッツバーグの50世帯を対象にインターネットの家庭利用に関する調査が行われたが、その結果、対象者の42%が性的なニュースグループを読み、対象者となった10代の少年の4分の3、10代の少女の半分が読んでいたということが示された。[7]インターネットでは匿名性が守られているため、年齢に関わらず有害情報に接触できてしまうことになり、対処は非常に難しい。
(2)情報発信の問題
情報発信のから生じるトラブルの原因は、さらにいくつかの側面に分けることができる。
第1に、ネチケット(ネットワークエチケット)違反が挙げられる。快適にコミュニケーションするためには、ネチケット(簡潔で読みやすい文章を書くこと、不適切な発言をしないことなど)を各自が心がける必要がある。
インターネット上での他者とのやりとりは、非言語的情報(表情・社会的地位など)が分からない故に、些細なことでトラブルが起こり得る。ThompsenとFoulger[8]は、敵意的メッセージ(5段階)における絵文字(感情を表現するのに使用される絵的シンボル)と(あるメッセージの全部あるいは一部の)引用の効果を検討した。その結果、メッセージの敵意性が高いときには、引用がフレーミング(電子メールにおける敵意的言語行動)の知覚を増加させること、敵意性があまり高くないときには、絵文字の使用がフレーミングの知覚を減少させる効果があることを報告している。
第2に、著作権の問題が挙げられる。教育現場では、生徒が自分のホームページに他者の作品を無断で貼り付けてしまうという問題が起こることがある。ワシントンにあるThe
Software Publishers Associationは、1991年に、最近の著作権侵害に関する年間被害総額が12億ドルにのぼることを報告している。複製している人のほとんどは、罪の意識がない。インターネット上でファイルを利用できるからといって、それを使うことが法律にかなっているというわけではない。こうした複雑な問題を理解することは難しく、今後は、教師が法律や倫理問題を知り、生徒に必要な指導をすることが求められる。[9]
第3に、インターネットを利用した犯罪が挙げられる。週間文春[10]によれば、インターネットやパソコン通信を利用した犯罪摘発数は、平成7年に25件であったが、平成9年には83件とかなりの増加が見られている。ホームページで薬やパソコンなどを販売するとして、代金を振り込ませ詐欺的行為を働くなど摘発された少年達の行為は悪質であるが、少年法に守られ、法的に厳しい処置を取ることができないでいる。ネットワーク犯罪を犯す子供達にはあまり罪悪感が見られず、まるでゲーム感覚で楽しんでいるかのようであり、犯罪予防のための教育的・法的対応策が求められている。
3.情報倫理問題への対策
現状では、インターネット利用によって問題が生じた場合、教師が問題解決的に対処することが多い。しかし、Jackson6は、当事者を罰するなどの問題解決型の対処法は、トラブル行為の発生率を減少させるものの、逆効果となる可能性がある(罰することにより逆に反論や抵抗が起こることがある)ことを指摘し、トラブル行為の減少により効果的であるのは、日頃から学生への情報倫理的教育を行っていくことであると述べている。
それでは、生徒のどのような能力を伸ばすことが、トラブル行為発生を未然に防ぐことにつながるのであろうか。情報受信の面では、有害情報に対し、生徒が自ら情報を選び、批判する能力を育成する必要が指摘されている。情報発信の面では、日頃のコミュニケーションと同様、相手を尊重するという基本姿勢を持ち、相手に読みやすく簡潔な情報、信頼できる確実な情報を伝えることを心がける必要がある。そのためには、生徒が分かりやすく正しい情報を発信する能力を育成することが課題となる。
中学では、「情報基礎」科目が新設され、教育課程の整備も始まりつつある。教育を通して生徒に身につけてほしいのは、情報を受信したり発信したりする際に、適切な倫理判断を行なうことができる能力であるが、こうした能力を育成するために、室伏[11]は、事例研究(生徒に倫理的問題を含む新聞記事を与え、討論させる形で情報倫理を学ばせる方法)やロールプレイング(実施しようとしている集団が抱える情報倫理問題を構成し、その役割を参加者が演技し、それを全員で討議することによって問題解決をする方法)を実践教育として取り入れていく必要性を述べている。こうした方法を通して、子供たちは、実生活でも適切な倫理判断を実行するようになると考えられている。
こうした情報倫理教育がどのくらい効果的であるのかは、今後の経過報告が待たれるところである。しかし、未然にトラブル行為を防ぐことができるという点で、少なくとも現在の問題解決型よりは効果が期待できるのではないだろうか。
教育的対策だけではなく、法的整備も進められつつある。例えば、アメリカでは、有害情報接触に対する対応策として、CDA(the
Communications Decency Act)法が制定され、“18歳以下の子供に、インターネットを使ってわいせつ物を伝達すること”は有罪であるとされるようになった。[12]
日本でも、ポルノなどの有害情報に対して、風俗営業適性化法(風営法)の改正案が提出され、実勢に犯罪の摘発も行なわれるようになってきた。しかし、こうした法律は、言論の自由との論争を引き起こしており、情報に対する法的規制には、まだ多くの問題がある。
4.インターネットは情報倫理を伸ばすか?
これまで、インターネット使用によって様々な倫理的問題が生じることを述べてきたが、インターネット使用を通じて、「電子メール利用によって秘密を守ることの重要性を実感し、電子メールは絶対覗かないという約束を実践した」、「HP作成によって情報に対する責任感、情報を作ることの大変さから著作権の意義を学んだ」という報告[6]があり、逆に、インターネット利用が生徒の情報倫理を高める効果もあることが分かる。
この他にも、インターネット上で情報倫理の問題を体験できるものとして、仮想世界MUD(NEW7月号)の利用が挙げられるだろう。MUDとは、インターネット上で展開されている仮想コミュニティであり、同じ空間にいる他のキャラクターと、キーボードで文字を打ち込むことによって会話することができる。仮想コミュニティとはいえ、そこには倫理規則も存在している。Reid[13]は、MUDでは、怒りや憎しみを自由に表現できるため、他者への攻撃、嫌がらせが行われることがあると報告している。ほとんどの利用者は、このような嫌がらせをたかがゲームとは考えない。MUD内では、匿名性により物理的制裁は加えられないが、技術的、社会的追放は存在している(特定のプレイヤーを見えなくすることができる)。こうした仮想世界の体験は、生徒が適切な情報倫理観を自主的に獲得していく機会を提供する可能性を持っていると考えられる。
これまで、インターネット利用が情報倫理教育に効果的である可能性を示唆する報告・研究はあるが、実際のインターネット使用によって生徒の情報倫理がどのように変化するかを組織的に検討したものはないように思われる。現在、私たちの研究室では、文部省の「情報理解教育への手引き」に基づいて、情報倫理に関する尺度を作成している。今後、この尺度を用いて、インターネット使用が情報倫理にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにしていきたいと考えている。
5.情報倫理教育へのインターネット利用の意義
高橋[14]は、インターネット利用に見られる情報倫理の問題は、実は現実社会の問題の反映であり、むしろインターネットを利用したほうが、直接に身体的危害を加えられる可能性が低いこと、ある程度技術的な予防が可能であること、事故が発生した場合にもアクセス記録を用いて間接的調査が可能であることから、より危険の少ない情報処理教育が可能になると述べている。この他に、インターネットを通じて、子供たちが日頃なかなか学ぶことのない、著作権の問題などを考える機会ができることも長所の1つとして挙げられるだろう。
インターネットの様々な利点を生かし、互いに快適に利用するためには、情報倫理観に基づいた適切な利用が求められる。インターネットを通じて、教師主導型の学習から生徒主導型の学習へと授業形態が変化してきているが、情報倫理教育に関しても、インターネット利用が生徒主導型の学習を可能にするであろう。インターネットの導入は、子供たちへの危険を高める面も確かに存在するが、インターネット利用を通した情報倫理の実践教育が有用である可能性も示唆されている。
引用文献
1 Center for Media Education (1997). Online advertising targeting children,
update of children's web sites' information collection practices. Avairable
online: http://tap.epn.org/cme/ftcrpt.html.
2 Borkowski, E., Henry, D., Larsen, L., & Mateik, D.(1996). Supporting
teaching and learning via the Web: Transforming hard-copy linear mindsets
into Web-flexible creative thinking. Paper presented at the annual convention
of Webnet96, San Francisco.
3 Keiner, J.(1996). Real audiences-worldwide: A case study of the impact
of WWW publication on a child writer's development. Paper presented at
the annual convention of Webnet96, San Francisco.
4 Hartman, K., Neuwirth, C. M., Kiesler, S., Sproull, L., Cochran, C.,
Palmquist, M., & Zubrow, D.(1991). Patterns of social interaction and
learning to write: Some effects of network technologies, Written Communication,
8, 79-113.
5 教育現場のインターネット使用 平成8年度「100校プロジェクト」実施報告集.
6 Jackson, G. A.. (1994) Promoting civility on the academic network: Crime
& punishment, or the golden rule? Educational Record; 75(3), 29-39.
7 Manning, J., Scherlis, W., Kiesler, S., Kraut, R., & Mukhopadhyay,
T. (1997). Erotica on the Internet: Early evidence from the homenet trial.
In S. Kiesler(Ed.), Culture of the Internet, 68-69.
8 Thompsen, P. A., & Foulger, D. A. (1996). Effects of pictographs
and quoting on flaming in electronic mail.Computers in Human Behavior,
12(2), 225-243.
9 Carpenter, C. (1996). Online ethics: What's a teacher to do? Learning
and Leading with Technology, 23(6), 40-41.
10 河崎 貴一 パソコン少年犯罪白書 インターネットで子どもが壊れていく 1998年6月25日号,
52-55.
11 室伏 武 (1994). 情報倫理の教育 情報科学研究, 3(1), 59-69.
12 Metivier-Carreiro, K. A., & Lafollette, M. C. (1997). Commentary:
Balancing cyberspace promise, privacy, and protection−Tracking the debate.
Science Communication, 19(1), 3-20.
13 Reid, E. (1995). Virtual worlds: Culture and imagination. In S. G. Jones(Ed.),
Cybersociety: Computer-mediated communication and community, 164-183.
14 高橋 邦夫 (1997). 学校教育と情報倫理, ネチケット 情報処理学会電子化知的財産・社会基盤研究グループ研究会公演.
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