足立 にれか 1998 NEW 教育とコンピュータ, 14(7), 94-95.

ネットワークゲーム(MUD)の教育利用



1. 仮想世界MUD

「MUDって,いったいなに?」という人が多いと思う。だからまずMUDの説明から始めよう。1970年代に米国で「Dungeons and Dragons」というロ−ル・プレイング(role - playing )ゲ−ムが大流行した。ゲ−ム・プレ−ヤ−は,ゲ−ムの中のキャラクタ−を操作し冒険するというものであったが,その後,コンピュ−タやプログラムの技術が向上するにつれて,オンラインで,しかも複数のユ−ザ−が同時に同じ場面を共有しながら遊ぶことのできる同種のネットワ−クゲ−ムが登場してきた。MUD(Multiuser Dungeon/Multiuser Dimension)はインタ−ネット上で展開している,そういったゲ−ムのひとつだと言えるだろう。ただしMUDには,始まりや終りがなく、得点や、勝利・成功という目指すべき目標もない。従って、MUDは純粋にゲ−ムとは言えないかもしれない〔7〕〔8〕。今では300以上存在する様々なMUDの中で,キャラクタ−同士で結婚したり,「住んでいる街」では銃をどのように規制するかについて話し合いを続けたりと,人々はこの仮想世界の中でコミュニティ−さえ築き上げているのである(1)。
 では具体的にMUDはどんな世界なのだろうか。もともとのMUDは,全てが文章を基にして創られた世界である。例えば、あなたが初めてあるMUDに訪れたら,文章描写による空間―部屋・戸外の風景など―を見ることになる。そこでは、まず自分のMUD内での名前を決め,どういう人間(或いは動物,物体)なのか,その外見や特徴を文章で描写する必要がある。また,MUD内に誰がいるかを知るための“WHO”コマンドや,出会った人や物についての情報を得るための“LOOK”コマンド(これによって,その人・物の外見や特徴などが文章で画面に現れる)など、さまざまなコマンドが用意されている。ユ−ザ−は同じ「部屋」や「空間」にいる他ユ−ザ−と、キ−ボ−ドに文字を打ち込むことによって話すことが可能であり,MUD によっては異なるいくつかのル−ルも存在するだろうが,基本的には,この仮想世界の同じ「場所」にいるプレ−ヤ−が,現実世界にいるときと同様に,同じ空間・物を共有し,出会えることになっている。
  1980年の中頃になると,それまでのMUDを更に発展させたとも言える「ハビタット」という,文章だけではなく絵も含んだロ−ル・プレイングゲ−ムが登場してきた〔 6〕。ここでは,アニメのマンガのようなキャラクタ−を実際の人間が操作して動かし,仮想世界のあちこちに移動させることができる。ユ−ザ−同士は,キ−ボ−ドに文章を打ち込むことにより,キャラクタ−の頭上の「吹き出し」に現れるセリフを通じて,コミュニケ−ションを行うことになる(図1)。
今や,インタ−ネットにおけるMUD人口は20,000人を軽く越えており,その構成は男性が約7割を占め,学歴・経済力とも平均以上であると言われる。また日本でも,「ハビタットII(富士通Habitat II)」にはすでに10,000人以上のユ−ザ−がいると言う〔2〕。このような仮想世界は今後ますます一般的になり,様々な分野で活用しようとする動きが生じてもおかしくはない。そしてそれは未来の話ではなく,着々と実現へと向かっているのである。


2. ヴァ−チャル・アカデミ−(Virtual Academy)

MUDを教育場面で生かそうと考えたとき,あなたならそれをどう使ってみようと思うだろうか。ここでは,そのような仮想世界を教育に積極的に利用しようとするある試みについて簡単に紹介していこう。これから紹介するこの試みは,ハビタットを基にしたエクスプロ−ラネット(ExploreNet)というソフトを使用しながら,インタ−ネットを介して教育目的に合わせた仮想世界を創り,そこでロ−ルプレイング・ゲ−ムを行いながら,例えば問題解決・意思伝達・情報操作技術を学ぶよう導くものである。
 仮想世界の中でのロ−ル・プレイングを通して,習熟プロセスを学習者に体験させるというこのモデルは,具体的には次のようなものである。まず学習者は,ある分野について学ぶ新参者(guests)として参加し,そこで何をすべきかについてを古参者(cast members)から学ぶ。また,必要な知識やスキルを身に付けた頃,今度は自らが古参者となり,新たに加わった新参者に教えることを通して更に知識・スキルを習得することとなる。そこから更に習熟したメンバ−は,この学習の場に必要なプログラムや資料を改良しながら古参者を指導し,このヴァ−チャル・アカデミ−の改善を図る役割(world builders)を果たすこととなる。加えて,この学習の場を改善する際に必要となる基本的なツ−ルや,新参者・古参者が適切に習熟するために必要となるツ−ルの改良を担当するメンバ−(tool builders)も,この食物連鎖的なサイクルの中に組み込まれており,この役割を,新参者がやがて果たすことになる場合も想定されている。
 ここでMUDを用いることの長所をいくつか挙げると次のようなものになるだろう。
( a)現実の世界での学習の場である学校では,教師であれ学生であれ,その教育に直接関わるメンバ−はあらゆる意味で限られたものとなるが,このヴァ−チャル・アカデミ−では,学習の場に携わるメンバ−は地域や年齢層,職業に縛られることがない。
(b)教材資料として,具体的なものから抽象的なものまで,非常にリアルな感覚を以て体験させることが可能である。例えばMUD内では,ある世界に―顕微鏡の中の世界でさえ―リアルに体験することができる。
(c)MUD上では,自分自身ではなく,自分の分身であるキャラクタ−を用いるために匿名性がある程度守られ,失敗を必要以上に恐れることもなくなるだろう。従って人は,実世界ではなかなか実行できなかったことにも敢て挑戦することができるだろう。
(d)ロ−ル・プレイングを制約されることなく容易く行うことができる。これにより,さまざまな視点から物事を感じ・考え・体験することが可能になる。
 もちろん,まったく制約や問題が無いわけではない。ヴァ−チャル・アカデミ−をサポ−トするソフトウェア・ツ−ルを実際に試すとどのような問題が生じてくるか,これを調べるための実験が,セントラル・フロリダ大学のMoshellとHugesらの研究チ−ムによって既に行われている〔4〕〔5〕。1995年の4月に,フロリダのハンガ−フォ−ド小学校で三週間に渡って実施されたこの実験では,「ニワトリからたまごを取り上げ,それを鍋で茹でて食べる」というゲ−ムを用い,こどもたちが道具や策略を駆使してやり遂げるプロセスに焦点が当てられた。実験には,小学校3・4・5年生(各学年とも30名ずつ)が新参者役として参加した。また,この内の45名には,更に古参者役も体験させている。
 そこでは,新参者役であるこどもたちは何人かと組み,互いに協力しあうことが求められた。まず,ニワトリの餌となるトウモロコシを見つけ出すことから始まって,一人がニワトリをおびき出すために餌を撒き,もう一人はその隙にたまごを奪う。それから,火を起こし,ポットでたまごを茹でる準備もしなければならない。他方,ニワトリとなって参加している古参者たちは,新参者たちがゴ−ル(たまごを食べる)に辿り着けるように導くことが求められた。更に今回は,指導者役のキャラクタ−(フクロウやイヌ)から,必要であれば新参者はヒントが貰えるようになっていた。
 このハンガ−フォ−ド小学校で行われた試みからは,コンピュ−タの性能やプログラムの技術的な側面はとりあえず無視しても,いくつかの問題点が明らかになっている。一番の問題は,参加するにあたり最低限必要なスキル,すなわち,MUD内でコミュニケ−ションする際にことばを打ち込むスキルが,年齢によってかなりの制約が見られることである(しかし,その制約を低減する,或いは,これに代わる技術の開発により,この問題は解消可能である)。また,古参者役を果たす能力も年齢による差が見られた。他に,古参者や仮想世界の中からヒントを得ようとするのではなく,実際にそばにいる大人や友人に訊ねるなど,コンピュ−タ画面に向かう子供の周りの環境によって,課題への取り組み方は大きく影響を受ける等の問題があるようである。それにしても,この試みはこどもたちにとっても非常に魅力的なものとして受け入れられたようであり,全てのこどもたちがゲ−ムが楽しかったと答えている。また,多くのこともたちが,次の回にはぜひ古参者役をやらせて欲しいと実験者たちに頼み込んでいたと報告がなされている。


3.まとめ

 MUDを教育利用するためには,克服しなければならない問題がいくつもあるのは事実である。しかしそれを克服しようと努力するだけの価値はあるだろう。ヴァ−チャル・アカデミ−のように,言わば徒弟制とも言えるような学習形態〔3〕を教育現場に持ち込むなど教育の在り方を変革しようとする試みは,教育者に広範な再訓練を要求し,新しいシステムを支えるための新しい施設・組織を必要とするが,仮想世界においては,そういった制約を殆ど受けずに改革を試みることが可能になる。また実世界の学校という教育場面では実施不可能な教育プログラムが,仮想世界での学校であれば実施可能なものとなるのである。もちろん全ての教育がMUDの中でなされることはないだろう。しかしそこから実世界の学校教育の在り方が問われ直し,双方向で更なる改善が行われていくようになることは想像に難くない。


引用文献

〔1〕Curtis,P. 1997  Mudding:Social phenomena in text-based virtual realities . In Kiesler,S. (Ed.) Culture of the internet. pp.121-142
〔2〕小島智子・樺島堅慈・伊藤真理・松川眞由美 1994 オンライン・バ−チャルリアリティ 富士通経営研修所 
〔3〕Lave,J., & Wenger,E. 1991 Situated learning:Legitiamte peripheral participation. Cambridge:University Press 佐伯胖(訳)1993 状況に埋め込まれた学習:正統的周辺参加 産業図書
〔4〕Moshell,J.M., & Hughes,C.E. 1996 The virtual academy:a simulated enviroment for constructionist Learning International Journal of Human- Computer Interaction 8(1) 95-110
〔5〕Moshell,J.M., & Hughes,C.E.(1995) The virtual communities experiments at Hungerford Elementary School [On-line]. http://www.cs.ucf.rdu/~ExploreNet/papers/VA.Hungerford0795.html
〔6〕菅原 健次 1996  サイバ−スペ−ス ―富士通HabitatII― FUJITSU, 47, 3, 240-246
〔7〕豊島 昇 1998  演じる―オンラインゲ−ムの中の私 川浦康至(編)インタ−ネット社会 現代のエスプリ370 177-187
〔8〕Turkle,S. 1997 Constructions and reconstructions of self in virtual reality: Playing in the MUDs. In Kiesler,S. (Ed.) Culture of the internet. pp.143-155