内藤まゆみ 2000 研究を変えるインターネット−うわさの伝播の検討− NEW 教育とコンピュータ,
学習研究社, 16(5),114-115.
研究を変えるインターネット−うわさの伝播の検討−
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科
複合領域科学専攻2年・日本学術振興会 内藤まゆみ
私たちが本誌で連載を開始してから、今回で3年目を迎えることとなった。1年目は「インターネットと教育 研究最前線」と題してインターネットに関する最新事情を伝えた。2年目からは、「インターネット最新論文を読み解く」テーマの下、多岐にわたる研究論文を紹介してきた。引き続き、本年度もインターネットに関連した興味深い論文を、わかりやすく伝えていきたいと思う。今月は、「お茶大がNEWに連載している記事はおもしろい」とうわさが広まっていることを願いつつ、インターネットを利用して、「うわさ」を調査した論文を紹介しよう。
なぜうわさをするのか?
うわさには、知り合いに関する内容のように身近なものもあれば、企業のことなど規模の大きい内容のものもある。その内容に違いはあるものの、普段の生活で、うわさに接する機会は極めて多く、自分が聞いたうわさを誰かに伝えるのも珍しくない。このように、私たちにとって、「うわさすること」は非常に馴染み深いが、なぜ、私たちはうわさを伝え合うのだろうか?
これまでの研究、特に社会情報としてのうわさを扱った研究では、多数の人々を取り巻く不安な状況が、うわさを伝えさせる要因の一つとして注目されている(1)。たいていの場合、私たちは、今自分がどのような状況にいるのか把握している。しかし、何らかの事態が起きたり、新たな情報を知ると、今まで「こうなんだ」と把握できた状況が変化してしまい、説明できない状況におかれ、不安になってしまう。そこで、その場にいる人々と情報を交換し、再び状況を把握して安心しようとする。このとき得た情報は、同じように不安な状態におかれた人から、また次の人へ伝わっていく。
例えば、私が大学に行ったとしよう。大学の入り口に着いたとき、大勢の警察官がいて、中に入れないようにロープが張られていたら、どうだろう。いったい何が起こったのか不安になり、その場にいる学生達とあれこれ原因を推測して、納得できる説明を得ようとする。そして、その説明は、別な学生へさらに伝えられていくだろう。すなわち、人々が共通して不安な状態にあり、それらを軽減できる確実な情報が得られないとき、できるだけ適切な情報を知ろうとして、うわさが伝えられていくというのである。一方、不安が消えていけば、再び状況を把握することができ、うわさが終息していくと予想される。
インターネットを介した利点
このように、不安な状況下で、うわさのやりとりが交わされると考えられるものの、現場で調査を行うのは困難である。まず、うわさがどこで話されているのか特定することが難しい(1)。大勢にインタビューを繰り返せば、幸運にも現在伝えられているうわさに接することがあるかもしれないが、膨大な手間と時間がかかってしまう。さらに、うわさを伝達しあう過程を、当事者に気づかれずに調べることも容易ではない。研究の対象になっているとわかれば、自然にうわさを伝えあうことはできないし、かといって、無断で会話のやり取りを聞くこともできないだろう。
これらの問題を解決する手段として、近年、インターネットが関心を集めている。日常の会話と同様に、インターネット上には様々なうわさが流れている(2)。インターネットは、うわさの伝わり方を検討する方法として、以下のような優れた点を持っているため、積極的に研究に活用するよう提案されている(3)。
@インターネットは、インタビューなどと比べると、より少ないコストや手間でうわさにたどり着くことができる。うわさの内容を知っていれば、検索エンジンを使って、目的のうわさに短時間でたどり着くことができるし、どこでうわさが伝えられているか知ることもできる。
A口頭では、人々の間でうわさが消えないうちに調査しなければならないが、インターネットでは、ログなど記録が残されていることが多いため、うわさの「鮮度」を気にかける必要がない。うわさの発生時より調査時期が多少遅れても、研究が可能である。
B電子掲示板などインターネット上の意見交換は、発言者に知られることなく読むことができる。したがって、うわさに関わるやりとりを、当事者に意識されることなく観察できる。
実際に、ボーディアとロスノウ(4)は、インターネットを使用してうわさのやりとりを調査している。すでに述べたように、不安な状況で、うわさのやりとりが行われると考えられる。そこで、彼らは、人々が不安を感じる状況において、どのようにうわさを交わすのか、インターネット上のメッセージの内容に着目して分析している。では、彼らの研究をみてみよう。
研究の概要
方法
あるインターネット・プロバイダーが、加入者のハードディスクの内容を盗み見ているといううわさが流れた。匿名性やプライバシーに関わるため、加入者の間に不安が生じた。このうわさは、電子掲示板によるディスカッション・グループの主題として、6日間議論された。30人が議論に参加し、47個のメッセージが送信された。これらのメッセージを対象として、内容分析が行われた。
内容分析 それぞれのメッセージは、意味が成り立ついくつかのユニットに分けられ、合計848個のユニットになった。ユニットは、これまでのうわさ研究に用いられてきた、以下の7つのカテゴリーのいずれかに分類された。
・証明づけ…専門家の意見やマスコミの報道からの引用など、発言の信頼性を高める表現をしている
・不安…発言者の不安が示されている
・質問…「誰か聞いたことのある人はいませんか?」など、質問が含まれている
・慎重…「〜と聞いたことがある」「本当かもしれないし、そうでないかもしれない」など、明確な主張を避けている
・不信…うわさを否定している
・信用…うわさを信じている
・その他
ユニットの分類は3人の評定者によって行われ、分類の一致率は高かった。内容分析は、その他を除いた6カテゴリーについて行われた。
結果
1〜6日間の日にちごとに、各カテゴリーに分けられたユニットの割合が算出された。結果を表1に示す。不安に分類されるユニットの割合は、1日目の0%から4日目の15%まで増加し、6日目には再び0%に減少した。この推移から、新しい情報によって不安が喚起され、様々な情報が提案されるにつれて、不安が軽減され、うわさが終息していったことが示唆される。
次に、時間の流れに沿って結果をみていこう。まず、1日目に質問・慎重の割合がそれぞれ26%、39%と高い数値を示した。1日目にプロバイダーの盗み見のうわさが、「〜と聞いたことがある」「このうわさについて知っていますか?」などの形で、グループの参加者に伝わったと考えられる。
2〜4日目には、この流れを受けて、不安が生じ、説明づけ・不信・信用など、多様な意見が提案されている。この時点では、うわさを信じるユニットの割合が次第に高くなっており、不安が占める割合も増加した。うわさに関するやり取りが、頻繁に交わされた時期と考えられる。
5日目には、質問・慎重・不信ユニットの割合は0%になり、信用ユニットが18%を超える割合を示した。うわさを肯定する情報によってあいまいさが減り、参加者は、多少の不安を抱えながらも、うわさを信じつつあったのかもしれない。
6日目には、一転して信用ユニットが0%に、不信ユニットが20%に変化していた。説明付けの割合が約23%と高いことから、うわさを否定する信頼性の高い情報が伝わり、うわさが本当ではなかったと安心が得られたのであろう。この時点で、うわさは消えたと考えられる。
まとめと今後の課題
ボーディアとロスノウによるこの研究は、これまでいわれてきた、不安な状況において頻繁にうわさが話され、不安がなくなるとともに、うわさも消えていくという過程を、現実のやりとりによって明らかにした。また、インターネットの特質がなくては行うことが困難な研究であり、うわさ研究の方法として、インターネットを用いる有効性も示している。残念ながら、この種の研究はまだ数少ないが、将来、インターネットによるうわさ研究が増加すると期待される。
しかし、今後の課題も数点残されている。インターネットにおけるやり取りは、日常場面でおこなわれているものと、全く同質ではない。例えば、情報が伝わる速さは、両者で極めて異なっている。また、インターネットでは、うわさを伝える手段はテキストであり、口頭で伝えるのとは違った、うわさの伝わり方の特徴があるかもしれない。両者がどのような点で共通、あるいは相違しているのか、明らかにすべきであろう。そうして初めて、インターネットを利用したうわさ研究の結果を、日常場面にも当てはめることができよう。
今回は、うわさを伝える要因として不安な状況を取り上げたが、その他にもうわさの重要性や、怖い・楽しいといったうわさの内容など、多様な要因が考えられている。これまで検討が困難であったこれらの要因が、インターネットを用いた、より多くの研究により、確認されることが望まれる。
1 川上 善郎(1997) うわさが走る−情報伝播の社会心理− サイエンス社などを参照のこと
2 「うわさとニュースの研究会」に、インターネット上のうわさが紹介されている。URLはhttp://www.bekkouame.or.jp/~y.kawakami/
3 Bordia, P. (1996) Studying verbal interaction on the Internet: The case of rumor transmission research. Behavior Research Methods, Instrument, & Computers, 28, 149-151.
4 Bordia, P, & Rosnow, R. L. (1998) Rumor rest stops on the information highway: Transmission patterns in a computer-mediated rumor chain. Human Communication Research, 25, 163-176.
表1 各カテゴリーに分類されたユニットの日数ごとの割合
日数
カテゴリー
1
2
3
4
5
6
説明づけ
0
11.4
17.9
8.7
6.1
22.9
不安 0
7
1.1
15.2
7.6
0
質問
26
3.8
2.3
2.9
0
2.3
慎重
39.1
5.9
3.4
4
0
4.6
不信 8.7
24.4
16.1
8.7
0
20.6
信用
0
2.7
27.7
25.1
18.5
0