井出久里恵 2000 NEW 教育とコンピュータ, 16(1), 52-53.


調査ツールとしてのインターネット  

お茶の水女子大学大学院人間文化研究科 井出 久里恵


【インターネットの有効利用】

インターネットの持つ可能性について、読者の皆さんは、これまでにも数多くの議論を耳にしたことがあるのではないだろうか?障害者や高齢者、心の問題を抱える人々など、家の外へ出るのが困難な人々にって、人と人、或いは人と社会をつなぐ掛け橋として、インターネットは未来に新たな光を投じるかもしれない。また、そうした実際的な利用にとどまらず、インターネットを利用することは、偏見を減少させるなど、人々の心理的側面に影響を与える のだという議論もある。
 そのような様々な可能性の一つとして、近年、インターネットを用いて社会調査を行うという試みが考えられている。例えば心理学における幾つかの研究では、インターネットを調査や実験のツールとして用いる可能性について検討している。今回ここでは、インターネットがなぜ調査ツールとして注目されるようになったかという背景について説明し、やや異なる角度から実際にその可能性について検討したスタンらの論文 を紹介してみよう。

【インターネットを用いた調査】

 なぜインターネットが調査ツールとして注目されるようになったのか。それには大きく2つの理由が挙げられる。その一つ目のキーワードが、「調査の簡便性」であろう。これまで社会調査では、調査用紙の配布から収集まで、多大な労力を必要としていた。調査対象となる人々をランダムに選出し、なおかつそれらの人々を集めて(或いはそれらの人々のもとを訪れるなどして)調査用紙を配布する。当然、必要な調査用紙の数も莫大な量になる。それが、インターネットを使用することで、そうした手間を省くことができるようになるのである。例え日本のどこであろうと、いや、世界のどこであろうと、大勢の人々に、同時に調査を実施することも不可能ではないのだ。

 しかし、心理学研究においてインターネット使用が注目されているのには、もう一つ大きな理由がある。この二つ目のキーワードこそ、調査や実験を行う上で最も重要である「調査の妥当性」だ。

 ジョインソンらの研究 によると、インターネット上と、通常の状態では、人々の意識に大きな違いが見らたという。彼らの報告によると、ネット上で人々は(匿名でなくとも)、@通常対人場面で生じる様な不安感(社会的不安)が減少し、A社会的に望ましいとされる言動を演じる傾向(社会的望ましさ傾向)が生じにくくなる、という。つまり、常日頃、人と相互作用することに心理的な動揺を感じる人も、ネット上ではそうした不安を感じることが少なくなり、また、常に人の目を意識し、良い人間に思われたいという願望の強い人でも、ネット上では演技することなくありのままの自分をさらけだすことが多い、という訳である。これは、"ネット上において、普段より自分自身をさらけ出す傾向が高まり、自己の内面についての打ち明け話(自己開示)が増加する"というパークスらの研究 とも関連した結果であると言える。特に2番目の「社会的望ましさ傾向」は、パーソナリティー検査などにおいて、社会的に望ましいと考えられる特性に自分が当てはまると回答してしまうなど、これまで、調査結果の妥当性を低める要因として問題とされてきた。しかし、インターネットを使用することで、回答者らが他者の目を意識せずより正直な回答を行うようになり、より確かな調査を実施できる可能性が考えられるのである。

 さて、インターネットが調査ツールとして注目されるようになった背景はご理解いただけたであろうか?これからいよいよ実際にスタンらの論文を紹介しようと思うが、この研究は、「ロスト レター・テクニック 」という心理学における研究技法を、e-mailを利用してネット上で行ったものであり、やはり、ネットを使って調査/実験を行う可能性について探求したものである。これは、通常の調査の形式を用いた研究方法とはやや異なり、「手紙の返信率」を一つの変数といして用いている。今後ネット上で調査を行っていくにあたって、「返信率」という新しい変数は、是非とも調査を行う価値があるだろう。

【研究紹介】

ロストレターテクニックとは?
 ロストレターテクニックとは、ミルグラムが1972年にあみ出した研究技法で、人々の「態度」を何気ない「行動」から推測しようとした試みである。方法はいたって簡単である。道端に、あて先の書かれた(もちろん切手も貼られている)手紙を落としておく。この時ミルグラムは、様々な異なるあて先を用意した。例えば、単なる個人名や企業宛ての手紙もあれば、ナチスや共産党など、人気の低いと予想される団体名のものもある、といった具合である。彼は、手紙を拾った人々が、それをポストへ投函してくれるかどうかについて実験を試みた。
 その結果、通常のあて先では約70%の率で手紙が投函されたのに対して、ナチスや共産党の場合では、いずれも25%の投函率に留まっていた。つまり、手紙の返信率から、その人の態度を測定できるということがわかったのである。「落ちている手紙を投函する」という普段の何気ない行動から、その人の態度を測定しようという方法が、ロストレターテクニックという訳である。 

研究の概要
 World−Wide Web上のホワイトページリスト(広範囲なメールアドレスの登録リスト)からランダムに選出された200名を対象に実験が行われた。手続きは、ロストレターテクニック同様に、選出された対象者へ、誤ったメールを送信する。そしてこのとき、2種類のメール文(タイプAとタイプB)が用意された。一方は通常のメールであり、もう一方は、3年前のアメリカ大統領選挙で最も人気のない選挙候補者(ロス・ペロー氏)について言及されたものであった。ネット上でも同様の結果が得られるなら、この2種類のメールのうち、人気のない候補者について書かれたメールは返信率が低いだろうと予測される。※この研究は96年のアメリカ大統領選挙直前に行われた。

タイプA タイプB
ハイ、スティーブ。調子はどうだい?僕はここ数ヶ月、資金の調達をしていて、助けが必要なんだ。君は興味をもってくれるんじゃないかと思うんだけど。
今度話そう。            ジョン
ハイ、スティーブ。 調子はどうだい?僕はここ数ヶ月、ロス・ペローのために資金の調達をしていて、助けが必要なんだ。君は興味を持ってくれるんじゃないかと思うんだけど。
今度話そう。      ジョン
                              
実験結果
 実験の結果、メールの種類によって返信率に差は見られなかった(タイプAでは31% タイプBでは27%)。しかし、タイプBのメールを返信してくれた場合の返信者の態度について分析を行ったところ、面白い結果が見られた。この態度分析というのは、誤ったメールを返信してくれた際のメール内容によって、選挙候補者への態度を、ポジティブ/ニュートラル/ネガティブの3種類に分類したものである。つまり、誤ったメールを返信してくれた人が、「申し訳ないが、私はドールに投票するつもりだ…」など、ペロー氏に非好意的な態度を示した場合はネガティブ、「アドレスが間違っていましたよ」など政治的話題に触れなかったものや、何も表記のないものはニュートラル、ペロー氏に好意的な反応をしたものはポジティブに、というような分類を行ったのである。その結果、この態度分析におけるペロー氏の好感度は、実際の選挙でのペロー氏への投票率(5%)とほぼ同等のパーセンテージを示していた。

【まとめと今後の課題】


 この研究の結果は、ミルグラムのものと完全に一致する形ではなかった。しかし、今後調査ツールとしてインターネットを利用していく上で、示唆に富む見解を得ることができた。メールは「返信率」という点では人々の好意度を測定することはできないものの、そのメールを返信する際の「人々の態度」という、新しい変数を得ることができたのである。手紙の場合では、それを拾った人は「投函する」という行動を通してしか自分の態度を表現する手段を持たないが、メールの場合では、それに書きこみをすることで自らの態度を表明するもう一つの手段を持ち得る、ということに注目すべきだろう。しかも、ネット上では人が正直になるという特性から、その際の返信者の態度はより妥当性の高いものであると予想可能であるし、実際その様な結果が得られた(選挙の投票率と同じ比率であった)。ただし、この「ネット上で人々が他者の目を意識しなくなる」という特性のため、メールの返信率が低下する(手紙と比較して)、という現象も生じているた。こうしたネットの特性は、チャットルームや掲示板などで、乱暴な発言(flaming)が増えるという問題とも関連していると言えるが、そうした人々の正直さをいかにうまく利用していけるかが、今後調査にとって重要な鍵とも成り得るだろう。

【参考文献】

(1) Davies, M. S. (1995)."Virtually integrated classrooms:" Using the Internet to eliminate the effect of unconstitutional racial segregation in the public schools. Journal of Law and Education.567-599.
(2) Stern, S. E., & Faber, J. E. (1997).The lost e-mail method: Milgram's lost letter technique in the age of the Internet. Behavior Research Method Instruments and Computers,29,260-263.
(3) Joinson, A. N. (1997). Anonymity, disinhibition and social desirability on the Internet. Paper presented at the BPS Social Section Annual Conference, University of Sussex, England.
(4) Parks, M..R., & Floyd, K. (1996). Making friends in Cyberspace. Journal of computer mediated communication,1(4). <http://jmc.huji.ac.il/vol1/issue4/parks.html>
(5) Milguram,S., (1972).The lost-letter technique. In L. Bickman, & T. Henchy (Eds.),Beyond the laboratory :Field research in social psychology. New York: McGraw-Hill.