森津太子 1999 NEW 教育とコンピュータ, 15(5), 60-61.

インターネット・パラドックス
――コミュニケーション・ツールとしてのインターネットが、対人関係や心理的健康の阻害する?

日本学術振興会特別研究員(お茶の水女子大学) 森 津太子

前号までの「インターネットと教育」のシリーズでは、「子どもの知力を高めるインターネット」「ネットワークゲーム(MUD)の教育利用」など、毎回さまざまなテーマを設け、そのテーマに沿ったインターネット研究を紹介してきた。今回からはこれに代わり、新しいシリーズがスタートする。これまでのシリーズが、いくつもの研究成果をまとめて、そのテーマに関する現在の研究動向、全体像を知るものであったのに対し、今回からは、毎回、研究論文を一本もしくは少数本だけ取り上げ、その内容を詳細に紹介することが目的である。インターネットに関する研究が、どのような問題意識で、またどのような方法を用いて行われているのかを、これまで以上に詳しく理解して頂けることであろう。読者の皆さんが、インターネットに関して議論する際の題材として、あるいは意見する際に根拠となる情報として、大いに活用して頂ければ幸いである。
初回である今回は、心理学の権威ある雑誌「アメリカン・サイコロジスト」に昨年掲載されたばかりの研究論文を紹介しよう(1)。これは、アップル・コンピュータ、AT & T、インテル、NTTなどの大手企業から多額の支援を受け、クラウトら、カーネギー大学の研究グループが行なったホームネットという大規模なプロジェクト研究の成果である(ホームネット・プロジェクトについては、詳細を紹介しているサイトがあるので、そちらも参照されたい(2))。これまで、これ程大規模な実証研究が行われていなかったこと、また何よりもその結果が社会的にインパクトを与えるものであったことから、アメリカではCNNやニューヨーク・タイムズなど、また日本でも産経新聞などで、本論文の内容は紹介された。


コミュニケーション・ツールとしてのインターネット

今やアメリカの全世帯のうち約40%がパソコンを持ち、そのうちの1/3がインターネットにアクセスしているという。そのような中にあって、多くの学識者は、インターネットがわれわれの人間関係や心理的健康に及ぼす影響について議論を重ねてきた。
もちろん、このような議論はインターネットが始めてではなく、これまでも新しいテクノロジーが登場するたびになされてきたものである。例えば、電話が登場した時には、それが元来コミュニケーション・ツールの役割を果たすものであることから、対人関係を強化するものと考えられた。その一方、テレビの登場は、人々を家の中に閉じ込め、また、家の中でも基本的に一人で楽しむものであることから、対人関係を希薄にしたり、心身の健康に悪影響を及ぼすと考えられた。
しかしインターネットは、これらに比べより複雑な特徴を持っている。なぜなら、インターネットには多くの利用法があり、他者と親睦を深めたり、情報交換をするコミュニケーション・ツールとしての側面(電子メール、チャット、ニュースグループ、MUDなど)と、専ら個人の情報収集や娯楽に利用されるエンターテイメント・ツールとしての側面(ネットサーフィン、オンラインショッピングなど)の双方を兼ね備えているからである。
もっとも、クラウトらによると、インターネットは、コミュニケーション・ツールとしての利用の方が優勢である。たとえば、電子メールの利用はネット・サーフィンより頻繁であり、両者を利用する際にも、まず電子メールのチェックが先に行われる。さらに、電子メールを多く利用する人が、インターネットを頻繁に、また継続的に利用する傾向があるのに比べ、Webの利用の多い人はその傾向が長く続かない(3)。このようにインターネットが専らコミュニケーション・ツールとして使われるなら、インターネットは、われわれの対人関係を強化し、心理的健康にも好ましい影響を与えるのだろうか。この問いに一つの回答を与えるのが、今回の調査研究である。

調査の概要

調査は、ピッツバーグの8つの地域から集めた93世帯256名(途中でリタイヤした人がいたため、最終的には73世帯169名)を対象に行なわれた。各世帯には、コンピュータとソフトウェアが配布され、インターネットも無料でアクセスできるよう整備された。被調査者は、いずれもインターネットを初めて利用する人たちであった。調査期間は、1995年3月もしくは1996年3月から1997年3月までの1年間または2年間であり、期間中には、インターネットの利用量が自動的に記録された。また、調査期間の前と後の2度にわたって、今回焦点となる対人関係や心理的健康に関わる質問紙が実施された(表1)。この質問紙の回答とインターネットの利用量を、次に示すパス解析という統計手法を用いて分析することで、インターネットの利用が対人関係や心理的影響にどのような影響を与えているかを検討しようというのがこの研究の目的である。

分析方法

図1は、分析に使用したパス解析のモデル図である。ここで、注目するのは「インターネットの利用」から、調査後の「対人関係・心理的健康」に向かう実線で描かれたパス(矢印)である。分析の結果、このパスが統計的に意味のある(有意である)ものであれば、インターネットの利用によって、対人関係や心理的健康に何らかの影響があることを示すと考えられる。なおモデル図には、このパスとは無関係な変数(調査前の「対人関係・心理的健康」、「デモグラフィック変数」)とそれを結ぶパスが書かれているが、これは分析の際にそれらのパスを仮定することで、インターネットの利用が対人関係や心理的健康に及ぼす純粋な影響を推定することができるためである。例えば、調査前の「対人関係」から、調査後の「対人関係」へのパスを仮定することで、インターネットを利用することによる対人関係への影響を、もともとの対人関係のレベル(被調査者の対人関係がもともと希薄か否か)に左右されないで調べることができる。
それでは、分析結果を、対人関係、心理的影響と、順を追って見てみよう。

図1 パス解析のモデル図


調査結果1:対人関係への影響

今回、対人関係の状態を測るものとしては、(a)家族とのコミュニケーション、(b)身の回りの社会的ネットワークの大きさ、(c)遠方の社会的ネットワークの大きさ、(d)社会的なサポートの4つの変数が用いられた(詳細は表1)。先に示した図1のモデルの「対人関係・心理的健康」の部分に、これら4つの変数をそれぞれ投入した分析が行われた結果、インターネットの利用と(a)家族とのコミュニケーションを結ぶパスと、インターネットの利用と(b)身の回りの社会的ネットワークの大きさを結ぶパスに、統計的に有意な効果が見られた。これは、インターネットを利用するほど、家族とコミュニケーションをとる時間が減り、普段お付き合いする近隣の友人の数も減っていることを示している。また、統計的に有意なレベルには達しなかったものの、(c)遠方の社会的ネットワークの大きさについても、遠方の友達が減る傾向が見られた((d)社会的サポートについては、効果が見られなかった)。

表1 クラウトらの調査で使用された質問紙の内容
対人関係
(a)家族とのコミュニケーション
「家族のメンバーそれぞれと1日何分くらい話しますか」
(b)身の回りの社会的ネットワークの大きさ
「月1回以上、会ったり、お話をしたりする人が、ピッツバーグ内に何人いますか」
(c)遠方の社会的ネットワークの大きさ
「1年に1回以上、会ったり、お話をしたりしたいと思う人が、ピッツバーグ以外の場所に何 人いますか」
(d)社会的なサポート
「仕事を変えたり、新しい仕事を探すことになった時、アドバイスを求めることができる人がいる」など16項目(あてはまる程度を5段階で回答)

心理的健康
(a)孤独感
「私は、仲間づきあいがしたくても、そういう仲間がみつからない」など3項目
(あてはまる程度を5段階で回答)
(b)ストレス
「車が故障した」、「家族が病気になった」といった日常的におこりうるストレス
49項目のリスト(前の月に経験したものを報告)
(c)抑うつ
「たとえ家族や友人が助けてくれても、憂うつな気持ちを振り払うことはできないと感じた」など15項目(あてはまる程度を3段階で回答)


調査結果2:心理的健康への影響

心理的健康を測るものとしては、(a)孤独感、(b)ストレス、(c)抑うつの3つが用いられた(詳細は表1)。対人関係の場合と同様の分析を行った結果、インターネット利用と(a)孤独感を結ぶパス、インターネット利用と(c)抑うつを結ぶパスに有意な効果が見られた。これは、インターネットを利用するほど孤独感を感じたり、抑うつの程度が高くなったりすることを示している。また、インターネットの利用と(b)ストレスを結ぶパスでも、統計的に有意な水準には達しなかったものの、インターネットを利用するほど、ストレスが多くなるという傾向が見られた。ただし、どのようなストレスを経験するかは人によってまちまちであり、インターネットを利用することによって、特定のストレスが増加するといったことは明らかになっていない。


インターネット・パラドックス

初めに触れたように、インターネットは、電子メール、チャットなど、コミュニケーション・ツールとしての利用(社交的な目的での利用)が、個人のエンターテイメント・ツールとしての利用より優勢だということが調査結果から明らかにされている(2)。にもかかわらず、本調査の結果は、インターネットの利用によって、対人関係や心理的健康が阻害されるというものだった。このようなインターネットの逆説的な影響――クラウトらの言うところの「インターネット・パラドックス」――が生じる理由として、彼らは、インターネットの利用が質の低い対人関係が増加させる一方、質の高い対人関係を減少させてしまう可能性を指摘している。
オンラインで興味を共有する人を見つけ、その人たちとコミュニケートをとるのは容易かもしれない。しかし、そのようなネット上の人間関係は、いざというときに手助けをしてくれる身の回りの友人たちを越えるものではなく、概してその絆が弱いという。それゆえ、オンラインでのコミュニケーションが増え、それに時間をとられることが、質の高い人間関係の減少と、それに伴う心理的健康の阻害をもたらすというのである。もちろん、これはクラウトらの推測であって、今回の結果から、このようなプロセスが明らかになったわけではない(実際、ネット上でも、質の高い人間関係が、数多く生まれると主張している研究もある(4))。



研究の限界と今後の課題

最後に、本研究の限界と今後の課題について、触れておこう。今回の調査は大規模なものであったが、調査の対象となった人々は、ピッツバーグに住む限られた人々で、その人数もインターネット利用者すべてを代表できるほど大きなものとは言えない。したがって、得られた結果が、今回の被調査者にのみにあてはまるものでなく、われわれ一般にあてはなるものなのかどうかという点をまず注意する必要がある。
また、インターネットで利用されるソフトウェアの進化は日進月歩である。ソフトウェアが変化すれば、当然、インターネットの利用形態も変化する。そのため、今後のソフトウェアの進化いかんによっては、インターネット利用の影響も変わってくるかもしれない。例えばチャットは、従来、興味などを共有する不特定の人々と楽しむものであった。しかし、現在のソフトウェア(例えばICQ)を使えば、自分が話したい人がログインしているかどうかをチェックし、その人と個人的な会話を楽しむこともできる。このようなチャットの利用は、特定の個人との間に親密な人間関係を形成するのに役立つかもしれない。
もちろん、ソフトウェアの進化はただ自然の成り行きに任せておけばよいというものではない。クラウトらは、たとえ今回の調査結果がインターネットの否定的な影響を示すものであっても、それは、われわれの努力によって改善可能なものであるとしている。国や企業など、今後インターネットが向かうべき方向性を模索し、それに合わせたサービスを提供する側と、われわれのようなインターネットを利用する側の両者が、インターネットのもたらす影響について十分理解を深め、それに対処する方策を議論することこそが、現在、急務の課題なのかもしれない。


引用文献・サイト

(1) Kraut, R., Patterson, M., Lundmark, V., Kiesler, S, Mukophadhyay,T & Scherlis, W. (1998). Internet paradox: A social technology that reduces social involvement and psychological well-being? American Psychologist, 53, 1017-1031.

(2) http://homenet.andrew.cmu.edu/progress/

(3) Kraut, R., Mukhopadhyay, T., Szczypula, J., Kiesler, S., & Scherlis, W. (1998). Communication and information: Alternative uses of the Internet in households. In Proceedings of the CHI98 (pp. 368-383). New York: ACM.

(4)Parks, M. R., & Floyd, K. (1996). Making friends in cyberspace. Journal of Communication, 46, 80-97.
(森 津太子 (1998). 「インターネットと教育」研究最前線:子どもの社会性を高めるインターネット NEW教育とコンピュータ, 14(8), 96-97 も併せて参照されたい。)