連載タイトル:テレビゲーム遊びは子どもの心にどう影響するか

第2回タイトルテレビゲームは暴力性を高めるか

坂元章

 

前回は、「テレビゲームをめぐる社会現象」というタイトルで、テレビゲーム遊びがいかに子どもたちの生活に大きく入り込んでいるか、また、テレビゲーム遊びは子どもに悪影響を及ぼすとする悪影響論がいかに常識化しているかについて論じた。

今回は、そのテレビゲーム悪影響論の中でも、もっとも中核的なものと言える、暴力性に及ぼす悪影響の問題を取り上げ、その真偽について論じたいと思う。

 

なぜテレビゲーム遊びが暴力性を高めると考えられるのか?

前回の論稿で述べたように、テレビゲーム遊びが暴力性を高めるという悪影響論は深く浸透している。これには、さまざまな理由があると考えられるが、悪影響論がそれ自体もっともらしく見えることが大きいように思われる。実際、テレビゲーム遊びは暴力性を高めそうな特徴を備えている。そうした特徴として、3つを挙げることができる。

第1に、テレビゲーム遊びでは、プレーヤー自身の暴力が報奨される。例えば、自分自身の暴力によって相手を倒せば、得点を稼げたり、新しい話の展開を楽しめたり、印象的な映像や音楽に触れられるなどの恩恵がある。これは、次のように、強い悪影響をもたらしうるものと考えられる。

従来から、テレビでの暴力シーンが人間の暴力を増大させることについては、多くの研究が行われてきた。そして、その悪影響は、おおむね実証されてきた。テレビの 研究者たちは、テレビでは暴力が報奨されるので、視聴者は暴力がよいものであることを学習し、その結果、現実場面でも暴力をふるうようになると考えてきた。例えば、ヒーローものの番組は典型的である。敵を倒したヒーローは正義の味方として誰からも尊敬され愛される。視聴者は、これによって暴力はよいものであると思い、それゆえ、現実場面でも暴力的になると考えられてきた。

しかし、テレビでは、暴力が報奨されるのは、あくまでヒーローなどの他人である。一方、テレビゲームでは、それはプレーヤー自身である。他人の暴力が報奨されるのを見ても、暴力が学習されるとすれば、他人が報奨されるよりも自分自身が報奨されるほうが心地よいと考えられるので、テレビゲーム遊びにおいては、暴力がよいものであるという学習はもっと強くなりそうである。

テレビゲーム遊びの2つ目の特徴として挙げられるのは、テレビゲーム遊びでは、プレーヤーが暴力行動をとることに慣れてしまうということである。現実場面で誰かに怒りを感じたとしても、他人に暴力をふるうことが行動のオプションになければ、暴力に至ることはない。テレビゲーム遊びで暴力行動をとることに慣れていれば、それは、このような行動オプションになるかもしれない。もし、そうであれば、現実場面で怒りを感じたときに、暴力をふるうことが増えると考えられる。このように、テレビゲームは、暴力が、利用可能な行動オプションであることを学習させる道具でもありうる。

そして、テレビゲーム遊びの第3の特徴は、テレビゲームでの仮想現実場面が、実際の現実場面と似ていることである。このために、テレビゲーム遊びで学習された暴力の良さや利用可能性は、現実場面の暴力にも転移されることになり、その結果、現実の人間に対しても暴力がふるわれてしまうと考えられる。最近では、テレビゲーム悪影響を語るとき、「現実と虚構の境界のあいまいさ」という言葉が決まり文句になっているが、これは、この問題にあたるものである。

テレビゲーム悪影響論は、こうしたロジックによって支えられており、それなりに、尤もらしく見えるものである。また、そうした尤もらしさがあるからこそ、この悪影響論は、くり返し注目され、現在のように広く浸透するに至っていると考えられる。しかし、当然のことながら、これを信じるためには、実証が必要である。

 

本当にテレビゲーム遊びは暴力性を高めるのか?

このように、テレビゲーム悪影響論はもっともらしく見えるが、それでは、実証的な根拠はどうであろうか。

結論を先に言えば、これまでの実証研究の現状を見る限り、テレビゲーム悪影響論には、十分な根拠は出されていないというのが正確なところであろう。

まず第1に言えることは、テレビゲームと暴力性に関する研究は、現在までのところ、驚くほど乏しく、確定的な結論が出せる状況ではないということである。これまでに、テレビと暴力性に関する研究は非常に多く行われているが、テレビゲームについては、桁違いに少ない研究しか行われていない。とくに日本においては、研究は極めて乏しいと言ってよい。どのような分野の研究でもそうであろうが、とくに、心理学の研究は、研究方法などの違いによって、結果が大きく異なる場合があるので、多くの研究者が同じ問題を扱い、互いの研究を批判し合う中で初めて、真実が浮かび上がってくるという性質のものである。テレビゲームと暴力性に関する研究は、この状態には全く達していない。

また、僅かながらも行われてきた実証研究の結果を見ると、悪影響論を支持している研究は少なく、実は、悪影響論を支持していない研究のほうが多いくらいである。

更に、悪影響論を支持している研究についても、そこで見られている悪影響は深刻とは見なしにくいものである。例えば、悪影響論を支持している研究は、暴力を行動レベルで測定していなかったり、5才程度の幼児における影響を検出したものである。テレビゲームがたとえイライラ感などを高めたとしても、その影響が暴力行動を強め、他人に対する危害を増やすところまでに至らない限りは、社会問題としては重要でない。また、幼児の暴力行動はもとより、それほど深刻なものとは言えない。悪影響論を支持した研究は、こうした、あまり深刻とは見なせない悪影響を確認したものと言える。

このように、現在のところ、テレビゲーム悪影響論を肯定する実証的根拠は乏しい。したがって、現在の悪影響論は、実証研究の実状に比べ、大きく先行したものになっていると言える。

しかし、逆に、テレビゲーム遊びに悪影響の可能性がないかと言えば、それも結論できない状況である。先述したように、テレビゲームと暴力に関する研究は少なく、テレビゲーム悪影響論を否定するのに十分な根拠も出されていないと言えるし、悪影響論を支持する尤もらしいロジックは存在し、また、悪影響論を支持する研究知見もあるにはある。

実は、私はつい3年前までは、それまでの研究知見に基づいて、テレビゲーム悪影響論を強く否定していた。しかし、最近は、若干であるが悪影響論のほうに動きつつある。悪影響論は、現在のところ、実証的な根拠は十分でないが、可能性はあるのではないかと考えるようになってきたのである。それは、以下に述べるように、最近における4つの変化によるものである。

現実性の向上 最近では、テレビゲームの内容が大きく変化し、ますます現実性の高いものとなっている。立体映像技術の発展に伴って、我々はテレビゲーム遊びの中で臨場感あふれる仮想現実を体験できるようになってきた。仮想現実場面と現実場面はますます似通っており、テレビゲーム遊びで学習された暴力が現実場面で出てしまう危険性は、この点で高まっているように見える。

これまでのテレビゲームと暴力性の研究は、1980年半ばのアメリカで集中して行われている。そこで使われていたテレビゲームは、現在から見れば、非常に現実性の乏しいものである。例えば、日本でも一世を風靡した「インベーダゲーム」などである。こうした現実性の低いテレビゲーム遊びで悪影響がなかったとしても、それから、今日のテレビゲーム遊びでも悪影響がないとは言いにくい。

接触量の増加 前回の論稿で述べたように、最近では、子どもたちのテレビゲーム接触量が増えている。以前の研究は、テレビゲーム遊びの悪影響が微弱であり、無視できる程度のものであることを示してきたが、それはあくまで短時間のテレビゲーム遊びについてであった。短時間のテレビゲーム遊びでは、その悪影響は微弱であり無視できるとしても、長時間になれば、それが積み重なり、深刻になる場合が増えてくると考えられる。今日では、以前ほど、そうした微弱な悪影響を無視はできない。

暴力犯罪の発生 現実に最近、テレビゲーム遊びが原因と見られる暴力犯罪が起こっている。例えば、1995年1月4日の日本経済新聞朝刊で以下のような事件が報道された。生生しいので引用してみる。中学生の少年グループによるリンチ事件である。

 

愛知県警の取調室で、少年はあっけらかんと答えた。「何でやったかって? 格闘ゲームで見た技がどれくらい効くか、試してみたかっただけですよ。」昨年3月、ゲーム機業界関係者が抱いていた危惧が現実になった。

3月14日午後、名古屋市守山区。同じ中学の先輩、後輩の14人が、自転車で通り掛かった同市東区内の男子中学生2人を呼び止めた。グループは2人を近くの公園や神社に連れ込み、格闘ゲームをヒントに「バトルゲーム」と名付けたリンチを繰り返した。

少年らは、2人にメンバーの中から無理やり相手を選ばせ、対決を強要。残りのメンバーは手を出さずに「観戦」した。

飛びげり、回しげり、正拳突き……。大勢に囲まれた2人が手出しできないのをいいことに、少年らは格闘ゲームの主人公になりきって容赦なく技を仕掛ける。派手な技が決まる度に「おーっ」という歓声が上がる。

グループの中には、暴行の最中、200メートル離れたゲームセンターまで行って、ゲーム機で技を確認、再び技を試していた少年もいた。被害者の2人は重傷を負い、愛知県警は約2ヵ月後、1人を逮捕し、7人を送検。調べにあたった守山署の捜査員は「現実の暴力もゲーム感覚でやってしまうとは」と驚きを隠さない。

 

このように、この事件には、テレビゲーム遊びの悪影響が色濃く感じられる。こうした陰惨な事件は他にも各地で起こっている。

新しい研究知見 最近、私の研究室では、テレビゲーム遊びの悪影響を示唆する研究結果が時おり検出されている。例えば、ある実験では、52名の被験者を、テレビゲームで遊ぶ群、テレビゲームが進行していく画面を単に視聴する群、赤毛のアンなどの中性的な映像を見る対照群にランダム分けて、それぞれの遊びや視聴をさせた。被験者には、テレビゲーム遊び(あるいは、映像の視聴)がどのように生理的な変化に影響するかの実験であると説明されていた。被験者は、その後、別の実験に協力してほしいと言われ、他人(サクラ)に電気ショックを与える状況に置かれた。そのときに与えた電気ショックの強さと長さが暴力の指標となった。その結果、テレビゲームで遊んだ群のほうが、対照群よりも、電気ショックをより長く与えていた(表1)。これは、テレビゲーム遊びの悪影響を示唆している。

また、テレビゲームで遊んだ群は、それをただ視聴した群よりも、強く長い電気ショックを与えていた(表1)。これは、テレビゲーム遊びの悪影響の要因として、それが持つ相互作用性があることを示唆している。テレビゲームでは、テレビや新聞などのメディアのように情報を一方的に受けるだけでなく、メディアに働きかけることができる。これが相互作用性である。この結果は、テレビでさえ、悪影響論が有力なのであるから、テレビゲーム遊びでは、相互作用性がある分だけ、更に強い悪影響がありうることを示唆しているように思われる。

この実験研究は、テレビゲーム遊びの短期的な影響を扱ったものであり、長期的な影響については検討していない。それが示されない限り、テレビゲーム遊びの悪影響は深刻とは言えない。また、被験者は女性だけである。しかし、これまでは、大学生のような年長者において、行動レベルでの暴力に悪影響があることを示した研究は全くなく、そのことから、テレビゲーム遊びの悪影響は深刻でないと主張されてきた。したがって、この研究によって、従来と同じだけの自信を持って、その主張を繰り返すことはできなくなっており、そこに本研究の意味があると考えられる。

私の研究室では他に、この実験研究の追試的な研究や、長期的な影響を検討するための縦断調査などを行っている。それらの研究はまだ進行中であり、結論はまとまっていないが、結果はどうも単純ではなさそうである。悪影響が生じるには条件があり、とりわけ、ソフト内容の違いは大きいように見える。いずれにしても、現在ではあいまいな部分が残されており、今後、研究を進めることで、明らかな部分を増やしていく必要がある。

 

まとめ

このように、私は、テレビゲーム遊びが暴力性を高めるとする悪影響論は、十分な実証的根拠には乏しいが、その可能性は否定されにくいのではないかと考えている。とくに、最近におけるいくつかの変化は、その感を強めさせている。

先述したように、現在のところ、テレビゲームと暴力性に関する研究は驚くほど乏しく、現時点では、これ以上のことは言えない状況である。しかし、テレビゲームと暴力の問題は社会的な注目を浴びており、その早急な解決が求められている。今後、この問題を扱う研究者が増え、実証研究によって悪影響論の真偽を明らかにし、その社会的要請に応えていくことの意味は大きいのではないかと考えている。

 

以上のように、今回は、テレビゲーム遊びが暴力性に及ぼす悪影響について論じてきた。次回は、暴力性と並んで、テレビゲーム遊びの悪影響が懸念されてきた社会的不適応の問題を取り上げ、その悪影響論の真偽について論じる。私は、暴力性に関する悪影響論については、その可能性は否定されにくいと結論したが、社会的不適応については、可能性さえも考えにくいと見ている。これについて詳しく説明する。また、次回は最終回であるので、このシリーズのまとめを行い、規制の問題や今後の課題について触れたい。

 
表1 被験者が電気ショックを与えた平均時間(秒)
テレビゲームで遊んだ群 テレビゲームを視聴した群 対象群
9.46 5.97 6.33



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