最近では、テレビゲーム遊びが子どもの心に悪影響を及ぼすのではないかとする議論がますます盛んになっている。私はこれまで、この悪影響論の真偽について細々であるが十年近く研究を行ってきた。そこで、この連載では、悪影響論が具体的にはどのようなものであるか、その根拠はどれくらいあるか、それに対してどのように考えることができるか、などについて論じたい。
連載第一回の今回はまず、テレビゲーム遊びがどのような社会現象を巻き起こしているかを述べたい。第二回と第三回では、悪影響論の中でも、暴力性と社会的不適応に関する議論を取り上げ、その真偽について解説する予定である。第二回では、テレビゲーム遊びが子どもの暴力性を高めるかどうかを論じ、第三回では、テレビゲーム遊びが子どもの社会的不適応を招くかどうかについて述べ、連載の結論をまとめたい。
テレビゲーム遊びに熱中する子供たち
テレビゲームの誕生は四十年前に溯るが、今日のようなテレビゲームの浸透は、一九八三年の任天堂による「ファミコン」の発売に始まるものである。それまでは、ゲームセンターや、ゲームが置いてある喫茶店に行くか、あるいは、パソコンを使って自分でプログラミングを書かない限りは、なかなかテレビゲームで遊ぶことはできなかった。ファミコンの登場によって、誰でも家庭で簡単にテレビゲームを楽しめるようになったのである。
発売当初は、任天堂でさえ、ファミコンがそれほどの人気商品になるとは予測していなかった。しかし、その販売数は爆発的に伸び、一九八五年のスーパーマリオの発売で、その人気は確定的なものとなった。この時期には、一刻も早くテレビゲーム遊びをしたいために、授業が終わると子どもが急いで下校してしまう「特急下校」が話題になった。男子では、テレビゲームは、欲しい遊び道具のトップになり、一九八六年には、一年間の出荷数が三百九十万台にまで達し、半分の子どもがテレビゲームを所有するようになった。
その後、いったん出荷数は減少したが、テレビゲームの人気は衰えず、一九八八年の「ドラゴンクエストV」の発売で、その熱狂はピークに達した。この発売時には、多くの子どもが、購入のために販売店の前に徹夜で行列を作り、東京都教育委員会は「購入のために学校を欠席することの禁止」を指導するほどであった。これは「ドラクエ事件」として注目を集めたものである。
一九八七年以降は、ファミコンに加えて、PCエンジン、メガドライブなど、新しいテレビゲーム機器が次々に登場し、テレビゲームは、一九八八年から今日まで大幅に出荷数を伸ばしている。テレビゲームは多様化し、より洗練され、子どもの心をしっかり捉え続けている。今日では、一年に一千万台を越えるテレビゲームが出荷され、小学生のテレビゲーム所有率は、六〜七割に達しているようである。
このように、テレビゲームの出荷数は伸びているが、それに伴って、子どものテレビゲーム遊びの量も増加している。統計データを挙げよう。
まず、NHK放送文化研究所の謝名元慶福氏が報告しているデータがある。同研究所は、一九八四年、一九八九年、一九九四年に小学生を対象に調査を行い、「よくする遊び」を尋ねている。その結果は、表Aの通りであるが(このまとめについて、東京大学大学院人文社会系研究科の森康俊氏の論稿を参考にした)、それにあるように、一九八四年の段階では、テレビゲームは上位には入っていない。それが一九八九年になると、男子では二位の遊びになっている。女子については、テレビゲームは上位に入っていないが、一九九四年では二位になっており、また、男子についても、一九八九年から一九九四年にかけて、順位は二位のままであるが、比率は、三十四%から四十二%に伸びている。
また、白石信子氏は、次のようなデータを報告している。白石氏の所属もまた、謝名元氏と同じNHK放送文化研究所であるが、同研究所は、一九八七年と一九九七年に小学生に対して調査を行い(これは、謝名元氏のものとは別の調査である)、「テレビゲームでどれくらい遊んでいるか」を尋ねている。選択肢は、「いつも遊んでいる」「ときどき遊んでいる」「あまり遊ばない」「ぜんぜん遊ばない」「わからない、無回答」の五つであった。その結果、「いつも遊んでいる」あるいは「ときどき遊んでいる」と答えた子どもは、一九八七年では五十八%であったのに対し、一九九七年では七十七%と、二〇%近く増加していた。とくに女子の伸びが激しく、一九八七年では四〇%であったのに対し、一九九七年では六十四%になっていた。男子については、一九八七年では七十五%、一九九七年では八十九%であった。また、この調査では、「夕食前に何をして遊んでいるか」についても尋ねている。表Bにその結果を示したが、この十年間では、テレビゲームの伸びが圧倒的に大きいことが分かる。テレビゲームでは、二十五%の比率の増加が見られているが、他の遊びについては、大きく増加したも のはない。一方、減少したものとしては、ボール遊びや自転車遊びなどの外遊びが目立っている。
このように、テレビゲーム遊びの量は増加し続けており、子どもの生活の中でますます重要なものとなっている。最近では、とくに女子における伸びが目立っていると言えよう。なお、現在では、小学生男子については、六割の子どもが平日一日に一時間以上テレビゲームで遊んでおり、二割以上の子どもが二時間以上遊んでいる状況である。女子については、一時間以上遊ぶ子どもが二割、二時間以上遊ぶ子どもが五%程度である。
定説化しているテレビゲーム悪影響論
近年では、暴力、いじめ、不登校、ドラッグ、援助交際など、子どもの心の問題がますます深刻化し、その原因や対応策について盛んに議論されている。原因としては、管理教育や受験戦争によるフラストレーション、家庭や地域による教育の欠如などが指摘されてきたが、メディアによる悪影響、その中でもテレビゲームの悪影響が取り上げられることも多い。例えば、一九九八年の二月七日の朝日新聞には次のような一節がある。
「中高生の引き起こす凶悪事件の背景にはテレビゲームがあると、東北地方の男性高校教師はいう。『おとなしい子だったと口を開ければいう。それは当たり前である。彼らは、人と交わることを避け、みずからのカプセルの中だけでコンピューター相手に日夜人殺しをしていたのだから。そうした状況に十年間さらされた子供のことを、考えてみるとよい』」
これは、暴力に対する悪影響を指摘したものであるが、テレビゲーム悪影響論は、暴力にとどまらず、いろいろな側面に関して出されている。たとえば、身体的なものとしては、テレビゲーム遊びによって、視力が落ちる、姿勢が悪くなる、てんかん発作が起こる、などであり、一方、心理的なものとしては、暴力的になる、社会的不適応に陥る、衝動的になる、伝統的な性役割観を身につけるようになる、タイプA性格(心臓疾患にかかりやすい性格)になる、学力が落ちる、などである。それぞれの側面について、テレビゲーム遊びの悪影響を説明するロジックがあり、もっともらしく見えるものである(暴力と社会的不適応については、第二回と第三回の論稿で解説することになる)。テレビゲーム悪影響論では、こうした多くの側面に関する悪影響が広く論じられることもあるし、また、ある特定の側面の悪影響が重点的に取り上げられる場合もある。最近では、一九九七年五月に神戸で起こった「小学生連続殺傷事件」や一連のナイフ事件などの発生によって、少年犯罪の原因についての議論が盛んになり、その原因の一つとしてテレビゲーム遊びの可能性が指摘されたことから、暴力に関する悪影響 論がとくに注目されるようになっている。
こうしたテレビゲーム悪影響論は、五年程度のサイクルで繰り返し見られてきたものである。
最初のピークは、一九八八年の前後であろう。先述したように、一九八三年にファミコンが発売された当初は、ファミコンがこれほどに子供の生活に浸透するとは考えられておらず、しばらくは、その悪影響が懸念されることもなかった。しかし、ファミコンが爆発的に普及するに伴って悪影響論が徐々に見られるようになり、一九八五年頃から盛んになっていった。一九八八年の「ドラクエ事件」の時期に、子どもたちのテレビゲームに対する熱狂はピークに達したが、悪影響論もそれと同時に最初のピークを迎えた。
次のピークは、五年後の一九九三年であった。これは、一九九二年末に、イギリスの十四才の少年が、テレビゲーム遊びの最中に、てんかん発作を起して死亡したという事件に端を発したものである。日本でも、その事件は大きく報道され、そうした中で、テレビゲームは、てんかんに悪影響を与えるというだけでなく、さまざまな身体的、心理的側面にも悪影響を与えるのではないかという懸念が、ジャーナリズムなどにおいて盛んに出された。
そして、最近もまた、テレビゲーム悪影響論が盛んになっている。これは、先述したように、少年犯罪の頻発をきっかけとするものである。ジャーナリズムは、悪影響論で溢れかえり、テレビゲームのソフト会社の業界団体である「コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会」(CESA)は、これを重んじて、一九九七年七月、過激な内容のソフトの販売を自主規制する方針を打ち出し、倫理規定を定めるに至っている。倫理規定は、「殺人・傷害・暴力等の犯罪を刺激的に表現したり、手口を示唆したりしてはならない」などの二十五項目から成るものであり、規定に抵触しそうなソフトは、CESAの倫理委員会が審査し、不合格の場合は販売の禁止を求めることになっている。
また、一九九八年三月十八日の東京家庭裁判所では、ナイフで警官を襲撃した中学校三年生の審判が行われ、初等少年院送致という厳しい決定が行われたが、その処遇の根拠の一つとして、テレビゲームの悪影響が挙げられた。少年の犯罪はストレスを原因とした突発的、衝動的なものではなく、テレビゲームなどのメディアの影響による、環境、資質上の問題であると見られ、矯正には専門家による継続的な指導が必要であり、初等少年院装置が適当と判断されている。
更に、一九九八年三月三十一日には、文部省の中央教育審議会によって「幼児期からの心の教育の在り方について」という中間報告が出された。これは、子どもの心の教育についての留意点をまとめたものであるが、その中に、子どもを「無際限にテレビやテレビゲームに浸らせないようにしよう」という文言が盛り込まれている。
このように、テレビゲーム悪影響論は、もはや定説であり、常識の域に達しているように見える。実際に、テレビゲーム悪影響論は、もっともらしく見えるものである。しかし、これが本当に実証的な根拠があることであるかどうかは、誰しも気になるところであろう。
実は、実証的な根拠のことを言えば、テレビゲーム悪影響論は、現在のところは十分に裏づけられているとは言えないものである。もちろん、視力や社会的不適応などの側面の違いによって、その程度は異っているが、いずれにせよ、全体としてテレビゲーム悪影響論は、実証研究の実状に比べて、かなり先行したものとなっている。
そこで、第二回と第三回の論稿では、とくに暴力と社会的不適応に関する悪影響論を取り上げ、その実証研究の現状を紹介し、どこまで根拠があるかについて述べたいと思う。
1. 謝名元 慶福 「今、小学生の世界は −小学生調査から@−」 『NHK放送研究と調査』一九八五年一月号
NHK放送文化調査研究所
2. 謝名元 慶福 「疲れている子どもたち −第2回NHK『小学生の生活と意識』調査から−」『NHK放送研究と調査』一九九〇年二月号NHK放送文化研究所
3. 謝名元 慶福 「小学生の生活と文化 −第3回NHK『小学生の生活と文化』調査から−」『NHK放送研究と調査』一九九五年一月号NHK放送文化研究所
4. 森 康俊 「テレビゲームのコミュニケーション」 橋元良明(編)『コミュニケーション学への招待』大修館書店一九九七年
5. 白石 信子 「『つきあい』」にも欠かせないテレビとテレビゲーム −『小学生の生活とテレビ'97調査』から−」『NHK放送研究と調査』一九九八年四月号NHK放送文化研究所
この他に、本稿の執筆にあたり、下記の論稿を参考にした。
6. 栗原 孝 「ビデオゲームの社会的反響」 『現代のエスプリ』 一九九三年 七月号至文堂
7. 橋元 良明 「情報化と子どもの心身」 児島和人・橋元良明(編)『変わるメディアと社会生活』ミネルヴァ書房一九九六年