本稿は、イギリスとフランスにおける放送の質的向上の取り組みについて、関係者にインタビューした調査結果を報告したものである。本稿の理解にあたっては、インタビュー先についての知識が必要であるので、末尾に、調査日程とともに、その解説を付録として添付している。これは、民間放送連盟の村澤繁夫氏の作成によるものである。
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イギリスとフランスにおける子供のテレビ視聴に対する配慮
坂元 章
日本と同様に、あるいはそれ以上に、イギリス、フランスでは、テレビが子供に及ぼす悪影響は強く懸念されており、その悪影響を避けるために、多くの配慮が見られている。とくにイギリスの番組基準、イギリスの苦情処理システム、イギリス・フランス両国の放送時間帯、フランスのレイティングは顕著なものであると思われたので、それらについて概観する。執筆にあたっては、今回の調査でのインタビュー結果だけでなく、種々の出版物を参照した部分もある。
(1) イギリスの番組基準
それぞれの放送局は、自社、あるいは、ITC、BSCが定めている番組基準を考慮し、番組の企画、作成などを進めている。ここでは、この番組基準についてインタビュー回答者の見解をふまえながら簡単に述べたい。また、番組基準を守ろうとしている努力を示す事例をいくつか挙げる。
@ BBCの番組基準
イギリスの公共放送局であるBBCは、自社で番組基準を定めており、「BBC番組制作者のガイドライン」(BBC Producer’s Guidelines)の中にその基準が書かれている。BBCの番組制作者はこれに配慮しながら、番組制作を進めることになる。
BBCのインタビュー回答者であったロビンソン氏は、
「番組制作者ガイドラインは番組基準を定めたもので、非常に重要です。当然のことながら、BBCは公共放送局で、BBC自身の現在のガイドラインを守る義務があります。」
と述べている。
実際に、ガイドラインにある番組基準は、BBCが文化・メディア・スポーツ大臣との間で締結している協定書の中に書き込まれており、政府から、これを守ることが義務づけられている。
1996年11月に改定された版のガイドラインでは、以下のような内容が見られている。1)
・不偏であり正確であること
・番組協力者に対する公正さ
・プライバシーと取材
・趣向と品性
・暴力
・模倣の対象となる行為ならびに反社会的行為
・描写
・番組の中の子供
・利害の対立
これらについての記述は分量が多く、例えば、性についての記述は、趣向と品性の章にあるが、日本語訳にして2000字程度のものになっており、性描写、性的風刺、子供の3つの項目がある。また、暴力については、1つの章が設けられているが、6000字程度が費やされており、概論、現実での暴力、フィクションでの暴力、編成・警告ならびに放送時間区分の4節に分かれ、さらにその下に多くの項目を有している。
分量が多くなっているのは、それぞれの基準について、その基準を設ける背景や考え方、理由を詳しく説明していることによると見られる。こうした説明にかなりの部分がとられている。
基準として端的に書かれている部分の例を挙げると、まず、性については、性描写のところで、「BBCは、以下のように、あらゆる性行為の描写について適用される明確な基本規則に基づき事業を進めることを心がけている」という文の後に、以下のものが書かれている。
また、暴力については、フィクションでの暴力の節で、成人向けドラマの項において、「番組制作者および監督が暴力を扱うときには、以下の場合に特別な注意を要する」という文の後に、次のようにある。
これらの基準はごく一部であり、全体の記述はもっと長大なものである。
A ITCの番組基準
ITCは、民放テレビを監督する独立行政機関であり、ITVやチャンネル4などの民放テレビに対する番組基準(ITC Programme Code)を作っており、最新のものは、1998年秋に出されたものである。ITCは他に、広告基準(ITC Code of Advertising)と番組提供基準(ITC Code of Programme Sponsorship)を出している。最新版の番組基準には、以下のように、11の内容がある。2)
・適切な趣向や良識の侵害、暴力の描写など
・プライバシー、情報収集など
・不偏不党性
・政党政治および国会放送
・テロリズム、犯罪、反社会的行為など
・その他の法的事項
・非常に短時間の映像
・慈善的な訴えおよび慈善事業の広報
・宗教
・その他の番組関連事項
・一般の人々とのコミュニケーション
また、1番目の「適切な趣向や良識の侵害、暴力の描写など」には14の項があり、順に全般的用件、番組編成、警告、言葉、性とヌード、暴力、危険な行動、絞首刑の場面、少数者の扱い、催眠術、悪魔払い、録画された番組、委任、その他の事項、となっている。
性とヌードの項は、英単語で150語程度のものであり、暴力の項は、800語程度のものである。とくに暴力の項では、それぞれの基準を設ける背景や理由を、実証的な研究知見をふまえながら丁寧に論じている。
例えば、暴力の項では、書き出しの部分で、暴力的な描写の影響は4通りのものが想定されると述べている。
これは、学術的な知見をふまえたものであるように見える。ここで挙げたものは、一部であるが、全体に、こうした分析的で緻密な記述が展開されている。
ITCは、民放テレビに対して免許取り消しなどを含む権限を持っており、それゆえ、民放テレビ局は、この番組基準を重視せざるを得ないと考えられる。ただし、この基準は、公営放送であるBBCに直接は向けられてはいない3)。
B BSCの番組基準
苦情処理機関であるBSCもまた、独自の番組基準を提出している。BSCの場合、ITCのように免許取り消しなどの権限はなく、規制のための基準ではなく、あくまでガイダンスとしての基準であるという考え方から、BSCは、その番組基準を、実施基準ではなく、ガイダンス基準(Codes of Guidance)としている。
これは、2つの部分に大きく分かれている。1つは、公正性とプライバシーに関するものであり、もう1つは、番組編成、品位、暴力、性などの視聴者保護基準(standard)に関するものである。
最新のものは、1998年6月に出されている。暴力については、英単語にして2000語以上、性については1000語程度で記述されており、長いものである。それぞれの内容は、放送番組のジャンルごとに記述されており、例えば、暴力については、ニュースおよびドキュメンタリーと、ドラマの2つに記述が分けられており、さらにその下にいくつかの項がある。性については、事実に基づく番組(factual programmes)、討論番組、フィクションの3つに分けられており、フィクションの下にさらに5つの項がある。
BSCの番組基準は、暴力や性などの部分については、ITCの番組基準よりも長く、さらに詳しく具体的である。例えば、BSCの基準では、ニュースやドキュメンタリーにおいて、9時前に自殺の方法を詳しく描写すべきではないと書かれているが、ITCの基準にはそうした記述がない。また、死体や傷を大写ししないこと、個人的で現実的な暴力の描写にとくに気をつけることなども、ITCの基準には明確に書かれていない。逆に、ITCの基準では、容易に真似ができるような巧妙で珍しい暴力を描写することにとくに注意するようにとされているが、BSCの基準でははっきりした記述はないようである。なお、暴力や性については、BSCの記述のほうがITCのそれよりも詳しいが、全体としてはITCのほうが項目は多い。これは、BSCの基準は、公平性やプライバシー、あるいは、暴力や性などの視聴者保護基準を主として扱っているのに対して、ITCの基準は、それ以外のさまざまな側面についても扱うものであるからである。
BSCの番組基準では、ITCのそれと同様に、研究の知見をふまえながら、それぞれ基準の必要性が書かれている。記述は非常に丁寧であり、全体に平明な印象を与える文章になっている。
BSCの番組基準は、公共放送であるBBCと民放テレビ、さらにラジオに対しても向けられているものである。ただし、BSCには、免許取り消しなどの権限はなく、この番組基準に違反しても、重大な懲罰は行われない(ただし、BSCの評決を放送や新聞で公表することを義務づける場合はある)。BSCは、視聴者の苦情を受けたときに、その番組の問題性を評決するが、その評決にあたってこの基準が1つの基礎となる。
C 研究知見と番組基準のつながり
イギリスの番組基準が実証研究の知見をふまえていることを述べてきたが、次のようなこともまた注目される。
ITCの番組基準について、1995年夏の版と1998年秋の版を比較すると、いくつか変更されていることに気づく。例えば、暴力の部分で、1995年夏の版では、「暴力の場面が自分の身辺と類似していなければ影響力は弱いという議論があるが、その根拠はない」と書かれており、そうした場面でも十分な配慮が必要であることが示唆されている。しかし、1998年秋の版では、この記述は取り除かれている。これは最近の研究の進展に対応したものではないかと見られる。
実際に、1998年6月に出された最新のBSCの番組基準ではむしろ、「自分の身辺に類似した場面での暴力はとくに影響力が大きいので注意すべきである」という内容が書かれている。なお、ITCの番組基準では、その削除された記述の代わりに、「苦しみや傷、あるいは、血の鮮明な映像が突然あるいは不意に出てきたときに影響力が強まりそうである」という記述になっている。この点は、BSCの最新の基準でも強調されていることである。これも最近の研究の進展に対応したものであろう。
このように、これらの番組基準は、実証研究の進展をよく見ており、それに基づいて作成、改定が行われているように見える。研究と現実的な場とがよく結びつけられていると感じられる。ITCやBSCの中心的なスタッフは、学術的な基礎を持つ人物であり、例えば、ITCのインタビュー回答者であったモス氏とタウラー氏はリーズ大学の元教授であるし、BSCのハーグレーブ氏も学術論文を執筆・公刊している人物である。こうしたことが大きな要因になっているように思われる。
D 制作者側の配慮の例
このように、イギリスでは、いくつかの詳細な番組基準があり、番組制作にあたって、直接あるいは間接の規制がある。制作者側も、制作にあたって、これらの番組基準や規制について配慮しているようである。
例えば、チャンネル4のアシュトン氏は、チャンネル4では、子供向けの教育番組を企画する場合、実際にそれを制作する前に、その企画書をITCに提出し、ITCと議論するというプロセスを採っていると述べていた。これは、ITCからも同様の話を聞いた。このプロセスによって、番組が問題を含む可能性は全く解消されるので、非常に慎重な姿勢であると言える。
また、アシュトン氏は、プロダクションに番組制作を発注する場合、子供の視聴者に対する配慮を十分に持ってもらうために心得を文書で提示している。例えば、以下は、チャンネル4の学校番組部門が2000年9月〜2001年7月までの番組を公募する際に、求めている番組の内容の資料とともに、添付されたものの一部である。これは、アシュトン氏が作成したものであるが、ITCの番組基準などを考慮している。「すべての応募番組は次の点にあてはまる必要がある」という記述の後に、次のような文が続いている。
・実験的と先進的取り組みを重視するチャンネル4のカラーに沿うこと
・イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドのカリキュラムそれぞれの詳細を考慮すること
・イギリスの生徒の民族的、文化的多様性を考慮すること、また、男女平等の原則を守ること
・人口の8分の1は障害者であるという事実を考慮すること
・今日的で実践的な教育的アドバイスが番組の内容や様式に反映されていること
他にも、いくつかの点が挙げられている。
なお、アシュトン氏は、BSCについては、まだ新しく、指摘を受けることも少ないので、現実的にはあまり影響されている感じは持っていないとのことであった。
また、BBCのロビンソン氏からは、次のような話を聞いた。彼は最近、同じ内容の教育番組として大人用と学校用の2通りを作ったと述べた。それは、「ラブド・アップ」(Loved Up)という番組であり、脚本は非常によいのであるが、女性に対する、やや性的な暴力が含まれており、これは学校用の番組としては絶対に含めることはできないので、これらについては2通りを撮影し、大人用と学校用の両者の作品を作ったとのことであった。
E まとめ
以上のように、イギリスでは、いくつかの番組基準があり、番組制作者に影響を与えているように見える。とくに印象的であるのは、いずれの番組基準も長文であり、その基準の必要性や理由について丁寧に説明しており、また、実証研究の知見をよくふまえている点である。このことにより、これらの基準がより妥当で説得力のあるものなっている。また、それぞれの基準の内容は具体的であり、番組制作者にとって扱いやすい内容になっている。番組制作者も、これに配慮しようという姿勢を見ることができる。
一方、日本でも、こうした番組基準は、日本民間放送連盟などで作成されており、そうした努力も見られている。ただし、こうした長文のタイプのものではなく、番組作成・放送にあたっての注意事項を列挙した形のものになっている。
(2) イギリスの苦情処理システム
イギリスでは、日本と同様に、それぞれの放送局が苦情を受けつけているが、ITCやBSCのような放送局外の機関が徹底した苦情処理を行っている。処理の仕方としてとくに特徴的であるのは、苦情とその処理について、個々のケースをすべて公表していることである。
@ ITCの苦情処理
ITCは、視聴者から文書または電話で苦情を受け付けている。ITCの1997年版の年次報告書(Annual Report & Account 1997)によれば、1997年の苦情の総数は2894件であり、ITVが1939件、チャンネル4が693件、ケーブルと衛生放送が142件、チャンネル5が120件であった。
ITCは、この苦情のそれぞれについて、放送局の説明を受け、それをふまえて審議し、その苦情が支持できるか(upheld)、そうでないか(not upheld)の評決を出す。1997年の場合は、257個(全体の9%)の苦情を支持した。これは、48個の番組に対する苦情であった。ITCは、視聴者からの苦情はなくても、問題のある番組を見出し、その問題を指摘しているが、そうした対象として20個の番組を取り上げた。
ITCは、こうした苦情の中で、支持されたもの、あるいは、支持されていなくても、多くの視聴者から苦情があったり、重要な規制の問題に関わるものについては、2ヶ月に1回発行される報告書(Programme Complaints and Interventions Report)において、苦情や審議の内容などを説明している。
報告書では、苦情が3つに分けられている。1つ目は、苦情が支持され、しかも、罰金や警告などの重要な処遇(significant intervention)を行ったものである。2つ目は、重要な処遇にまでは至っていないが、苦情が支持されたもの、3つ目は、支持されなかった苦情である。それぞれは、背景、問題、査定、結論、カテゴリー、苦情提出者の項目に分かれて記述されている。
例えば、以下はその例であり、1999年1〜2月号の最初のページにあったものである。苦情が支持され、重要な処遇に至っている。
番組 :ビートクラブ
放送事業者:VH1
放送時刻 :11月15日(日) 午後6〜8時放映
背景:MTVネットワークヨーロッパに属する、この音楽チャンネルで、だいたい午後7時に、キック・アウト・ザ・ジャムズと題するポップスのビデオが流された。
問題:1人の視聴者が、そのビデオの最初の歌詞に、「Mother Fuckers」という言葉があったことに苦情を寄せた。
査定:ITCの番組基準は、非常に不快な言葉は、9時より前には使用すべきではないとしている。VH1は、問題のビデオには2通りのものが保管されていて、今回は、その不快語が残っている、未編集のほうを誤って放送してしまった。VH1としては、その問題が分かったので、再度、誤りが生じないように、すでにその未編集のものを破棄した。
結論:最近、1998年10月に、ITCは、VH1が同様の基準違反をしたことを批判したばかりである。VH1は、前回の処遇をした同じ月に再び基準違反をしており、ITCは、公式の警告を与えた。これは、1月26日づけのニュース(News Release)で公知した。
カテゴリー:言語
苦情提出者:1名(支持)
この例では、放送局側が誤りを認めているが、そうでないものも多い。放送局側の弁明を受け入れてITCが苦情を支持しない場合もあるし、その弁明を受け入れずに苦情を支持する場合もある。また、この例は、苦情の報告の中では、かなり短いほうである。
A BSCの苦情処理
BSCは、主として、公平性とプライバシーの問題、あるいは、暴力、性、品位などの視聴者保護基準(standards)の問題に関する苦情を受けつけており、それ以外のものは扱っていない。BSCの1997年度についての年次報告書(Annual Review 1997-98)によれば、BSCは、1997年4月から1998年3月の1年間(1997年度)に3559件の苦情を受けつけている。その中で、公平性とプライバシーに関するものは150件であり、その中で、BBC1が29%、BBC2が9%、ITVが33%、チャンネル4が7%などとなっている。一方、視聴者保護基準に関するものは、2394件であり、BBC1が25%、BBC2が12%、ITVが32%、チャンネル4が14%などとなっている。914件の苦情が、BSCが扱う範囲外とされている。
BSCは、ITCと同様に、放送局の説明を受けて審議し、それぞれの苦情が支持できるかどうかを評決する。1997年度では、視聴者保護基準に関する苦情の19%が支持、あるいは部分的に支持された。
BSCは、こうした苦情の中で、支持されたものと、支持されていないものの一部を、毎月発行している報告書(The Bulletin)で、放送局の説明や審議経過などとともに公知している。
報告書では、公平性とプライバシーに関する苦情と、視聴者保護基準に関する苦情が分けて記述され、さらに、それぞれが支持されたものと、そうでなかったものに分かれている。
例えば、以下はその例である。視聴者保護基準に関する、支持された苦情である。
番組:タッチ・アンド・ゴー
放送事業者:BBC2
放送時刻:1998年9月15日、21時〜22時35分
苦情:7名の視聴者が性的な内容に対して苦情を寄せた。その中の5名は性の不道徳に対して、2名は番組の放送時刻に対して、1名は言葉の悪さに対して苦情を提出した。
放送事業者の主張:BBCは、この番組は、夫婦が自分たちの悪化した関係を回復しようとする営みについての大人向けのドラマであると述べた。研究によれば、性活動の描写は、それが話の筋の展開に沿っており、適切な時間に放映されるのであれば、ほとんどの視聴者にとって受け入れられるものであることが示唆されている。性の問題は、この話の中核であった。出発点は、夫であるニックが、妻であるアリソンに性的興味を失っていることであった。これを修復するために、彼らは、お互いが他の人と性交渉を持つことを認めていた。苦情提出者は、この妻が数人の相手と性交渉を持ったシーンを問題にしていたが、これは、ニックがこうした試みによっていかに深みにはまっていったかを強調するためであった。
BBCはさらに、番組の前や、ラジオタイムス(テレビ雑誌)に警告を明示していたことを述べた。性的な内容があることはよく分かるようになっていたし、性活動が描写されるまでに話の筋は十分に展開していた。妻交換の結果は、全く良くないものに描かれていた。ニックとアリソンは、その試みよって自分についての知識を深めたが、結婚を破綻させることになった。ほとんどの視聴者は、安っぽい性のスリルが長期にわたる不幸を招くという印象を持ったのではないか。このドラマは強い道徳的なメッセージを持ったものであった。
BSCの知見:視聴者保護基準委員会(The Standards Committee)は、この番組を見た。委員会は、この番組は性の不道徳を促すものではないし、午後9時以降の番組としては使われている言葉も適切であると判断した。しかし、性活動を描写しているシーンのいくつかは、9時の直後に始まる番組としては、過度に生々しく、苦情のこの側面については支持した。
部分的に支持 CN 1177.7
なお、チャンネル4のアシュトン氏によれば、BSCの指摘は、ITCのそれと比べて、やや抽象的な印象があり、現実の番組作りのうえでは考慮しにくい面があると述べている。
「BSCは一般論としての意見を出している。ITCは細かく、ここが具体的にこうであると言ってくる。具体的なものを見せてそこがいけないと明確である。BSCは、一般的に言って暴力が多すぎるのではないかとか、そこまでである。」
ただし、これは、BSCが暴力や性など主観的な問題を主として扱っており、もともと具体的には言いにくいことが1つの原因であるかもしれない。
また、チャンネル4の場合は、ITCから苦情の評決を受けるほうが、BSCから評決を受けるよりもずっと多く、その点でも、BSCの評決はあまり意識されていないようであった。
B BBCの苦情処理
日本と同様に、イギリスでも、BBCなどそれぞれの放送局は苦情を受けつけている。BBCのロビンソン氏によれば、BBCは、すべての苦情の手紙に対して返事を出すことになっているという。
ロビンソン氏は、そうした手紙の1つを紹介してくれた。これは、「ジャンク」という麻薬に関する教育番組に対する苦情である。
私は自分を極めて常識的な人間であると思っておりますが、現在、見たくないようなものがたくさん画面に登場していると思っています。9時を分岐点にするのは非常によいことですが、それが完全には守られていないように思います。私が手紙を差し上げたのは、私にはグレゴリーという12才の男の子の孫がいて、この子を非常に大切に思っているからです。この番組は午後9時前に放送されましたが、このような番組を孫やその他の子供たちに見せたくはありません。この番組を作っているのは誰ですか。また真っ昼間に放送されるようにしたのは誰ですか。ショックです。4)
ロビンソン氏は、この手紙に対して、次のように返事を書いたそうである。第1に、彼らは、あのような番組が真っ昼間の放送に適していないことを承知している。第2に、これは非常にデリケートな問題で、子供たちはこうした問題を学ぶ必要がある。第3に、今回、不快感を与えたことを申し訳なく思っているが、来年は、これらの番組を夜に移す予定である。第4に、BBCの他の番組に興味があるのであれば、それを送るので、それについて意見を聞かせてほしい。
ロビンソン氏は、こうした手紙や、視聴者などと直接話すことによって、番組に対する賛同や不満を知り、また、学校と接触している専門スタッフを通じて、教育現場からの反応を常にチェックし、次の企画を手直ししているという。
C まとめ
BBCのロビンソン氏は、視聴者からの苦情は次の企画にとって有用であると考え、それを重視しているとしていた。一方、チャンネル4のアシュトン氏は、そうした苦情は重要であるが、ITCの意見や、学校と接触している専門スタッフ5)の意見をより重視しているということであった。
この点にはやや違いがあるが、いずれにしても、イギリスでの苦情処理の特徴は、放送局の外にITCやBSCという苦情処理機関があり、しかも、それがその苦情の内容や評決を公表していることである。さらに、ITCは、その評決に基づいて、民放に対しては、免許取り消しまでを含む懲罰を行える。また、放送局は、ITCやBSCからの問い合わせに対して、1つ1つ対応し、丁寧な説明を行っている。
こうしたシステムは、放送局に必然的に視聴者に対する配慮を促すものと考えられる。
(3) イギリスの家族視聴方策とフランスのレイティング
@ イギリスの家族視聴方策
多くの国と同様に、イギリスとフランスにおいても、青少年視聴者を保護するために放送時間帯に対する配慮を行っている。
イギリスでは、午後9時〜午前5時30分を分水嶺(Watershed)と呼び、大人向けの番組はその時間帯でしか放映してはならないという大原則があり、これ以外の時間は家族視聴時間とされる。このように、大人向けの番組と、子供向けないし家族向けの番組を分水嶺で分ける方策を、イギリスでは家族視聴方策(family viewing policy)と呼んでいる。
ただし、午後9時以降であっても、早い時間帯には、子供に不適切な番組を放送することは好ましくないとされる。9時以降、徐々に大人向けの番組を放映してよいことになっている。
ケーブルテレビや衛星放送テレビなど、割り増し料金サービスについては、午後9時ではなく、午後8時が境界となる。また、そうしたサービスでは、より大人向けの番組が放送されるが、その場合は、午後10時が境界となっている。なお、毎回払い(pay-per-view)の番組については、こうした分水嶺は設けられない。
これらのことは、ITCやBSCなどの番組基準に明記されており、これらの機関が番組に対する評決を行う場合には、常に考慮される側面になっている。実際に、これらの苦情処理の報告について先述したが、そこではこれが問題になっていることが見取れよう。
ITCの番組基準では、映画などで英国映画分類委員会(British Board of Film Classification)が評定したものについては、以下のようになっている。
・12才未満禁止のものは午後8時以前は放映してはならない
・15才未満禁止のものは午後9時以前は放映してはならない
・18才未満禁止のものは午後10時以前は放映してはならない
・R指定のものはいかなる時刻でも放映してはならない
ただし、15才以下禁止のものについては、割り増し料金サービスにおいては午後8時からでも可能になるが、ただし、それでも麻薬や性行為などの内容を含むものは、その時刻には好ましくないとされている。
これは放送事業者の間だけはなく、一般の視聴者にもよく浸透しているようであり、BSCのガイダンス基準の中には、「大人のほぼ90%が分水嶺とその意義について知っている」と記述されている。先述したBBCに対する視聴者の手紙にも分水嶺のことが問題になっていた。
BSCのハーグレーブ氏によれば、分水嶺を午後10時からに設定しようする議論もあったようであるが、子供のいない家庭は全体の70%であり、そちらの視聴の権利を阻害すべきではないという議論が強く、結局のところ、9時に落ち着いたようである。
A フランスのレイティング
フランスでは、1996年末から、番組のレイティング制度が導入されており、放送時間帯の配慮と融合したシステムになっている。6)
フランスのレイティングは、CSAとそれぞれのフランスのテレビ局が協議して導入を決定したものである。青少年を、暴力や性の内容を含む番組から守ることが目的である。ここでは、レイティングに用いられているカテゴリーの内容、カテゴリー分けの方法、違反と懲罰について記述する。
カテゴリーの内容 このレイティングでは、放送番組は、次の5つのカテゴリーに分類される。カテゴリーによって、親の同意の必要性や、放送時間帯が異なってくる。また、番組の放映中、分類されたカテゴリーを示すマークが画面の隅に表示される。常時、画面上に表示される場合もある。
1: すべての年齢の視聴者が視聴できる番組。マークは、緑地に◇。
2: 青少年が視聴する場合、両親の許可を得ることが望ましい番組。マークは、青地に○。
3: 青少年が視聴する場合、両親の許可を得る必要がある番組、許可がない場合は、12才未満は視聴禁止。マークは、橙地に△。22時以降に放送する。
4: 大人向けの番組。16才未満は視聴禁止。マークは、赤地に□。22時30分以降に放送する。
5: 18才未満は視聴禁止の番組。これは、地上波の有料放送であるカナルプリュスのみで用いられる。マークは、紫地に×。
映画をテレビで放映する場合、フランスでは、映画コントロール委員会がその分類をしており、そのカテゴリーは、このレイティングのものと一致しているので、その委員会による分類を踏襲できる。映画コントロール委員会は、映画を、大衆向け、12才未満禁止、16才未満禁止、ポルノ映画の4つに分類する。これは、そのまま上記のカテゴリーに一致している。
番組の分類方法 それぞれの放送局が独自に番組の分類を行っている。分類の手続きについては、CSAからは何も規定はなく、放送局に任されている。
F2のギュィルシェ氏とランドレ氏の話によれば、F2の場合は、番組分類委員会を設けており、週に1回、会合を開いているということであった。出席者はF2のスタッフが10名弱であり、その番組の分野の責任者や、その番組自体の責任者などが出席している。社外の人間は参加していない。委員会では、問題のありそうな番組を抜き出して議論しており、審議の内容は、毎週、公表されている。審議は難航して結果が出るまでに時間がかかることもある。委員会の審議によって番組を修正することは珍しいが、外国の番組の一部をカットしたことはあるそうである。番組の終了後、委員会は、CSAと連絡協議し、レイティングについて検討している。ただし、F2は、公共放送局であり、元来、収入を重視する必要性は小さいので、刺激的な番組を追求する必要はなく、番組のほとんどがカテゴリー1であることを付記しておいたほうがよいかもしれない。
違反と懲罰 レイティングに違反した場合、放送局は罰金などの懲罰をCSAから受けることになっている。CSAのスタッフは、放送番組を監視しており、番組がカテゴリーに合っているかどうかを確認している。
CSAのマリアーニ氏によれば、現在まで、懲罰の対象となったものはないが、これは、導入してからまだ日が浅いこと、放送局も視聴者もレイティングのことをよく知っているので、放送局がこれに違反しようという気持ちを持ちにくいこと、とくに、公共放送局ではこれに違反することは非常に良くないと考えられていること、これらの理由があるからではないか、ということであった。また、CSAは、視聴者に対して、レイティングに対する評価に関する調査を行ったが、その結果も良好で、レイティングは好意的に受け止められているという話であった。
B Vチップ
イギリスでも、フランスでも、インタビュー回答者からはVチップに対して否定的な話が聞かれた。
フランスCSAのマリアーニ氏は、Vチップの問題として2つの点を指摘した。第1に、Vチップが導入されると、親が責任を放棄することになる。大人向けの番組が流れないことで、親は、子供がテレビの前に一日中座っていることを容認してしまうかもしれない。これは好ましいことではない。第2に、Vチップの導入によって、放送局が責任を放棄してしまう。Vチップがあるということで、放送局は、暴力的な番組や性的な番組を流しても問題はないと考えるであろう。その結果、それらの番組は結局のところ増えてしまう。もし、親がVチップの入っていないテレビを持っており、子供がそれを見ることになれば、その子供は、Vチップがないときよりも、より暴力的、性的な番組を見ることになる。
イギリスITCのタウラー氏も、Vチップには批判的であった。どのよう番組を見るかを、放送局が選択するのではなく、視聴者が自分自身で判断して選択するほうがよいという考えであった。
このように、イギリスとフランスのインタビュー回答者は、Vチップに対して否定的であったが、タウラー氏によれば、EUでは、Vチップの導入を検討しているそうである。
C まとめ
以上のように、イギリスとフランスでは、青少年視聴者の保護のために、放送時間帯に対して配慮を行っている。フランスではさらに、これにレイティングシステムが加えられている。これは、社会に根づいており、よく機能している。
イギリスとフランスのインタビュー回答者は、Vチップについては反対の立場を取っており、いずれも、テレビ番組の選択をテレビ局ではなく、親の判断に任せたほうがよいと考えていた。ただし、この議論を日本について照らし合わせたとき、いくつか考慮すべき点があるように見える。
第1に、これらの国、とくにフランスでは、日本よりもテレビが普及していない。テレビが少なく、子供が親と一緒にテレビを見なければならない状況では、親が子供のテレビ視聴に介入できるが、日本のように、子供の個室にテレビが入っている状況では、親は子供のテレビ視聴に介入できない。この意味では、日本は、イギリスとフランス、とくにフランスと比べ、Vチップを導入する必要性は高いと考えられる。
第2に、イギリスやフランスは、これまで述べてきたように、テレビ放送に対する規制が厳しく、問題のある番組がもともと子供の目に触れにくい。この点も、Vチップの必要性が認識されない理由であるかもしれない。
Vチップなどの問題には、言論や放送の自由の問題なども絡んでおり、単純ではない。いずれにしても、話し合いによって、それぞれの論点を検討し、人々が合意できるところを探るしかないであろう。
なお、フランスでは、レイティングシステムが導入されているが、これも、子供のテレビ視聴を親が監視できる状況にあるために機能するのであって、子供が個室でテレビを見ている日本ではかえって、子供が大人向けの番組を選んで見てしまう事態が心配に思われる。
(4) 結 び
イギリス、フランスでは、子どもの視聴に配慮するものとして、いくつかの取り組みが見られている。イギリスでは、放送局とは独立的な機関が番組基準を出しているが、いずれの番組基準も長文であり、実証研究の知見をよくふまえ、また、説得的で具体的なものである。放送局のほうも、それを重視しようとする姿勢を持っているようであった。
また、イギリスにおいては、放送局以外の機関が苦情とその評決などを細かく公表しており、これは、放送局の姿勢に必然的に影響を与えうるものであろう。
さらに、イギリスとフランスの両方で、放送時刻について明確なルールがあり、視聴者にもそれはよく知られているようである。とくに、フランスの場合は、これにレイティングシステムが加わっている。
日本でも、近いうちに、放送時刻に対するルールは作られるようであるが、これらの点については、日本の放送界にはあまり取り入れられていないものに思われるので、今後の参考になりうるものと考えられよう。
註
1)日本民間放送連盟研究所(1997)の「資料集・海外報道ガイドライン」に、1996 年11月に改定された版の「BBC番組制作者のガイドライン」の日本語訳が収められており、ここではその訳語に準拠している。
2)前掲の日本民間放送連盟研究所(1997)には、1995年夏の版の「ITC番組基準」も収められており、ここでもその訳語に準拠している。ただし、1998年秋の番組基準に新しく含められた部分については、執筆者によって充てられた訳語もある。
3)ただし、最近は、BBCがデジタルテレビ放送などに展開を始めており、それは、有料放送で民放の扱いになっているので、それに対してはITCの番組基準は規定力を持つことになる。
4)調査団の1名は、手紙の内容を即座に受けて、「そのことを聞いてショックです」と発言し、ロビンソン氏から「BBCに、是非、そのことで手紙を出してほしい」と促され、その場が和む一幕があった。
5)チャンネル4では、「Channel 4 Schools Education Officer」と呼んでいる。10名程度おり、学校の教員など、教育の専門家としての経歴を持っている。
6)フランスのレイティングについては、入江武彦氏(テレビ朝日ヨーロッパ代表事務所代表)による2つのレポートを参照している。1つは、1996年に書かれた「フランス地上波テレビに採用される番組暴力度表示マーク」、もう1つは、1998年の「ヨーロッパの放送行政−公正さのコントロール−」である。
<調査日程>
1999年3月22日(月)成田発〜3月30日(火)帰国
イギリス:3月23日(火)〜3月26日(金)
フランス:3月29日(月)
<訪問先>
(1) 視聴者の声(VLV:Voice of the Listener & Viewer)
*3月23日(火) ロンドン
*Vincent Porter (Center for Communication and Information Studies, University of Westminster)
☆1983年、BBCのラジオサービス変更への抗議運動を契機に発足した無党派、非営利の視聴者・聴取者団体。個人会員2500人。団体会員を含めると1万人。
(2) BSC(放送基準委員会:Broadcasting Standards Commission)
*3月25日(木) ロンドン
*Andrea Millwood Hargrave (Research Director)
☆1996年放送法で1997年4月正式発足した苦情処理第3者機関。BBCと民放に対する苦情を受け付け、審議結果などを公表する。調査研究も重要業務。
(3) BBC(イギリス放送協会:British Broadcasting Corporation)
*3月25日(木) ロンドン(テレビジョンセンター)
* Paul Robinson (Chief Education Officer)
☆1922年創立(前身)の受信許可料を財源とする公共放送。テレビ2系統、ラジオ5系統の全国放送、地域放送、国際放送等を実施。子会社が商業活動。
(4) ITC(独立テレビ委員会:Independent Television Commission)
*3月26日(金) ロンドン
*Robin Moss (Head of Educational Broadcasting)
Robert Towler (Head of Research)
☆BBC以外の民放テレビ(地上波、衛星、ケーブルほか)に免許を交付し、監督する独立行政機関。委員9人は大臣が任命。職員数約200 人。
(5) チャンネル4(C4:Channel Four Television)
*3月26日(金) ロンドン
*Paul Ashton (Commissioning Editor, Schools)
☆BBCと並び学校向け番組の放送に力を入れている民放テレビ。他の民放にない番組 や新形式の番組開発などが放送法で義務づけられている。前身は1982年発足、1993年広告放送を導入、現行組織に。1997年広告収入は5億1340万ポンド。
(6) CSA(視聴覚最高評議会:Counseil Superieur de l'Audiovisuel )
*3月29日(月) パリ
*Isabelle Mariani (Chargee de Mission Relations Internationales)
☆1989年1月発足し、免許付与(公共放送除く)、監督と規律を行う独立行政機関。委員は9人。職員数260 人。
(7) フランス2(F2:France2)
*3月29日(月) パリ
*Emmanuelle Guilcher (Adjoint au Directeur de la Programmation)
Philippe Landre (Adjoint au Directeur des Programmes) ☆フランス3と共通会長をもつ国有の公共放送局。総合編成。広告放送も実施。